相撲 十二日目





昨日の取り組みでまたしても星を落とした私こと“渡邉しずか”は、またしても五勝六敗と黒星先行です。

終盤で星を落とすと負け越す事にもなりかねません。

私の中では既に七敗をしているような気持ちになっています。

そして、今日の相手もまた強敵です。

現在前頭二枚目の横田早苗さん。

普段は実は保育士さんで、27歳の身長165センチ、体重53キロ、スリーサイズが87・65・89。

大銀杏を結っていても笑顔がとても優しい大人の女性です。

通算成績は私の五勝九敗。

早苗さんはカ四つになる右四つが得意で、得意技は左の上手投げです。

今までの取り組みもどちらが得意の上手を引くかがポイントだった為、

多分今日もそこがポイントになると思います。

ですが、もう一つポイントです。

早苗さんの現在の戦績が四勝七敗。

今日の私との取り組みに負け越しが掛かっているんです。

ですが、私も星を落とすわけにはいきません。

いつも以上に意地をぶつけ合う、激しい相撲になりそうです。



呼び出しを受けて私と早苗さんが土俵に上がり、塵を切ります。

向かい合うとはっきり分かりますが、早苗さんからは背水の陣を強いているような気迫が漲っています。

ですが、早苗さんの気迫に呑まれたら私の負けです。

私は真っ向から早苗さんを睨み返します。

土俵には異様な緊張感が漂い始めました。

まずは最初の仕切りです。

互いに蹲踞をして向かい合います。

早苗さんはサガリを分けると、今にも立ち上がりそうな気合いでズンと構えました。

なら、私も受けて立つだけです。

私も土俵をしっかりと踏みしめながら、ゆっくりと仕切り線に拳をつけました。

頭にビリビリとした感覚を感じます。

『……はっけよい………………のこったっ!!』

私と早苗さんにしか聞こえない合図で、同時に立ち上がりました。

お互いにマワシを与えない為に頭からぶつかっていきます。

「くぅっ!」

「ぐっ!!」

ゴツッという鈍い音が響きました。

互いに一瞬動きが鈍ります。

「えいっ!」

「むっくっ!」

「ノコーッタノコーッタノコッタ!!」

私はマワシを引くのが難しいと感じて一度早苗さんを突き放しました。

早苗さんが声を漏らして一歩後退します。

瞬間、私の全身がビリッとして警告します。

「さぁっ!」

「くうっ!」

やっぱり早苗さんも負けていません。

私の手をおっつけて弾き飛ばすと、再びぶちかましに来ます。

これには私の対処が間に合わず、私は早苗さんに右下手を許してしまいました。

「ふっ!」

「くっ!」

これでは組まないほうが危険と判断し、私は早苗さんとマワシを取り合いました。

胸を合わせた右四つ。

早苗さんの組み手です。

ですが、私も無理な巻き返しは計らず、腰を落として万全の態勢。

早苗さんも早々には上手投げには転じられないはずです。

「はっけよーい……」

「むんっ……くぅ……」

「うっ……くっ……」

早苗さんは私の万全の状態を崩そうと、左右に捻るように仕掛けましたが私の腰は浮きません。

「ノコッタノコッタ!」

「んくっ……んっ!」

「くっ……くぁっ……」

今度は私が崩しを仕掛けますが、さすがに早苗さん、ビクともしません。

でも早苗さんの崩しでビリビリしないことを考えると、しばらくは態勢の崩し合いが続きそうです。

あげはさんはじっと腰を引いたまま自分も崩さない代わりに相手にも崩させないスタイルでしたが、

早苗さんは自分も崩れる事を覚悟で強引に崩そうと試みるタイプです。

当然、こっちの攻防は肉体的に相当きつい消耗戦です。

「ノコーッタノコーッタノコッタ!! ……はっけよいノコッタ! ノコッタノコッタ!」

「んぐっ……くぅ……あっんっ……くはっ……ふんっ……くはっ……」

「……うくっ……ふっ……くぅ……うんっ……くっ……あっ……うっ……」

力の入った崩し合いが絶え間無く続きます。

ですが、私も早苗さんも全く崩れません。

組み手が不利の私はやっとの思いで耐えているような状態です。

対する早苗さんは、私の崩しに若干崩れそうになるものの、肝心の態勢は微塵も揺らぎません。

「……よぉい、はっけよーい……」

「はぁ、はぁ、はぁ……このっ……」

「はぁ、はぁ、はぁ……うんっ……」

この攻防も3分を過ぎると私も早苗さんも息が上がり、中々崩しにも入れなくなってきました。

先程からサガリだけが揺れる時間が増えてきました。

「……はっけよーい……」

「はぁ、はぁ、はぁ……せいっ……」

「はぁ、はぁ、はぁ……うくっ……」

やはり私も早苗さんも動けません。

神経を研ぎ澄ませていますが、やはり早苗さんは仕掛けてきません。

全然ビリッとした感じがしないのでおそらく万全の態勢になるのを待っているんだと思います。

確かに今までの私なら、崩し合いに我慢できず無理に動いていました。

でも、今の私は早々に自棄を起こしません。

こうなったら水入り覚悟です。

「はっけよーい……」

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

長い我慢比べの時間が続きます。

私も早苗さんも崩す力も弱まり、じっと相手の出方を探るような状態です。

「よい、はっけよい……」

「はぁ、はぁ、はぁ……くっ……」

「はぁ、はぁ、はぁ……うんっ……」

「……それまで! 水入り!」

とうとう水入りの指示が入りました。

一度私と早苗さんは放れて力水をつけます。

口の中から火照った身体が冷やされるような感覚です。

ともかく、相手の出方をこれ以上探っていても仕方ありません。

私は覚悟を決めると、気合を入れなおし再び土俵に戻りました。

早苗さんと再び右四つに組み合います。

「……のこった!」

再び取り組みが開始されます。

「せやあああっ!!」

「うくっ!? くっ……うっ……」

この瞬間に私は全部の力を込めて、寄りに出ました。

思い切りが良かったからか、早苗さんの対応が遅れ私が一気に押し始めます。

「ノコーッタノコーッタノコッタ!!」

「こんのぉぉっ!!」

渾身の寄りで一気に追い詰められると思っていた矢先、身体中がビリッとして警告を発しました。

「くぅぅっ……おおおおっ!!」

「きゃっ!?」

早苗さん必殺の左上手投げ。

態勢は悪かった為私は踏ん張れましたが、見事に立ち位置は反転!

しまった! と思ったときにはもう後の祭り。

逆に私が土俵際に追い込まれてしまったんです!

「ノコーッタノコーッタノコッタ!! ノコーッタノコーッタノコッタ!!」

「せいっ! せいっ! せいっ!」

「あっあっ……うっくっ……んっんっ……」

早苗さんの渾身のがぶり寄り。

私は土俵際で必死に背伸びをして残ります。

私の粘り腰に業を煮やしたのか、早苗さんは吊り寄りで止めを刺そうとしてきます。

「ノコーッタノコーッタノコッタ!! ノコーッタノコッタノコッタ!!」

「このっ……しつこいっ……のよっ……」

「くっくっ……ひぎっ……ま、負けるっ……もんかっ……」

ここでも私の粘り腰の本領発揮です。

私は俵に足が掛かった状態で背伸びをしていても、足に根っこが生えたように土俵を割りません。

早苗さんも私にうっちゃりがあるのを知っているので、

不用意に深追いの攻めをしてこないのが大きな要因でした。

「くはぁっ!! はぁ、はぁ、はぁ……」

「くぅんっ!! はぁ、はぁ、はぁ……」

やがて攻めきれないと判断した早苗さんは一度腰を引きました。

私はこの隙に腰を落としなおし、俵に右足をかけた状態ながら、再びがっぷり右四つになります。

「ぜぇ、ぜぇ、はぁ、はぁ……」

「はぁ、はぁ、ふぅ、はぁ……」

互いに激しい息遣いです。

汗が滝のように流れ、早苗さんの肩に顎を乗せている状態すら辛くなってきました。

ですが、ここで顎を楽な方向に逃がしたら早苗さんの攻めに対応出来なくなってしまいます。

ただの右四つの態勢が、さらにスタミナを消耗させます。

さすがに力を入れすぎたのか、頭がボーっとしてきて身体が麻痺してきました。

「はっけよーい……」

「せやああっ!!」

行司さんが囃した瞬間でした。

身体がビリッとしたのと同時に、早苗さんが力を振り絞り再び寄りを仕掛けてきます。

ですが、私は身体中の力が抜けたままです。

私の身体は無意識に動きました。

一度早苗さんの身体を呼び込み、右の下手を放して早苗さんの左脇を上げさせかいなを切りつつ、

身体を前に押し出しながら左上手を捻る。

「……やっ!!」

「うあっ!?」

早苗さんの身体が呆気なく宙に浮いていました。

私が仕掛けたのは、もはや伝説的な大技“呼び戻し”でした。

「あうっ!!」

早苗さんの身体が綺麗に弧を描き土俵に落ちました。

「勝負あった!!」

軍配は私に上がりました。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

私と早苗さんは死闘の疲れで中々立ち上がれません。

無我夢中だったようで、私自身何が起こったのか分かりませんでした。

ただビリッの感覚に合わせて思い切り捻り技で返した。

それだけだったんです。

「はぁ、はぁ、はぁ……か、勝てた……?」

「はぁ、はぁ、はぁ……参ったな……」

私と早苗さんはお互い小さく呟いて起き上がりました。

互いに一礼をして、私は勝ち名乗りを受けます。

負け越しが決まった早苗さんは、少し肩を落として土俵を降りました。

その姿は決して後ろ向きな印象はなく「また一から出直しね」と頭を切り替えているようでした。

私は手刀をゆっくり切って、土俵を後にしました。



「……もしかしたら……新しい必殺技が出来たかも知れません……」





渡邉しずかの戦績



十二日目終了 六勝六敗





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