隠相撲 十三日目





いよいよ千秋楽が見えてきました。

十二日目を終わって六勝六敗。

あと三日間で全てが決まってしまいます。

支度部屋の雰囲気も変わってきています。

既に勝ち越した人、負け越しが決まった人、まだ決まっていない人、それぞれの表情があります。

ですが、そんな雰囲気を全て飲み込むのが、横綱の隆美さんとエリカさんです。

お二人は未だに全勝のままです。

このままだと千秋楽で、文字通り頂上対決になります。

ですが、今はとにかく自分のことです。

今場所は色々な事があって、自分自身の成長を感じている状態です。

ですから、最低でも勝ち越しだけは絶対にしなくちゃいけません。

負け越しをするということは、いくら良い内容の相撲を取っていても、この場所が無駄になってしまうことと同じなんです。

内容を証明する為の結果。

これは必然のものなんだと思います。



今日の相手は“湯沢セラ”さん。

横綱のエリカさんの、実の妹です。

現在の隠相撲最長の身長188センチ、体重65キロ、スリーサイズは92・63・95です。

エリカさんとは8歳も歳が離れていて現在16歳。

実は私と同期です。

エリカさん譲りの綺麗な金髪をポニーテールにまとめていますが、

目つきは非常に冷たく他の力士の人たちからも、あまり好かれていません。

正直、私もあまり好きではありません。

現在前頭九枚目で現在の戦績は八勝四敗。

セラは長身を生かした押し相撲が得意としています。

ですが、私は前から疑問に思っていることがあるのです。

セラは本当に相撲が好きでやっているのかなって思うんです。

相手に自分の相撲を取らせない押し一辺倒の取り口。

相手に捕まったらほとんど抵抗らしい抵抗をせずに簡単に土俵を割ってしまう粘りの無さ。

それに反して押し出した相手にさらに追い打ちを掛けるような突き出しや張り手を見舞うような礼節の欠如。

私には、セラはエリカさんの背中ばかりが大きく見えて、

超えたくても超えられない壁のように見えているんじゃないのかなって思うんです。

つまり、セラの心の中には“相撲が好き”と言う気持ちではなく

“エリカさんが嫉ましい”と映ってしまっている気がするんです。

それは、とっても哀しい事だと思います。

それと同時に、セラが今まで潰した力士達を思うと、許せない気持ちがあります。



実は、セラは私が四日目に対戦した桃ちゃんとの取り組みで、

突き出しで勝負が付いた後、故意に顔面に張り手を浴びせ、

それが不幸にも桃ちゃんの目に当たってしまったんです。

桃ちゃんはその所為で球休場を余儀なくされて、既に負け越しが決まっています。

セラは敗者をさげすむ自己満足の行為で、桃ちゃんを休場に追いやった……。

だから私は、今日は徹底的に自分のスタイルを崩そうと思っているんです。

今までの私とセラの戦績は私の八勝三敗。

でも、今の私とセラの強さは、根底から違うと思います。



呼び出しを受けて、私とセラが土俵に上がります。

互いに塵を切り、力水をつけ塩を撒き、最初の仕切りです。

今日もセラはつまらなそうにしながら、軽く仕切り線に拳をつけて終わりでした。

私と同じ速度で出世をしたメンバーが、実は四人います。

その中で、私はセラだけはライバルと言う認識を持てませんでした。

それはセラの相撲が、相撲がただ相手を土俵の外に出せばいいだけの単純運動でしかないから。

でもそれも今日で終わりになったらいいと思います。

二度目の仕切りも何も起きず、あっという間に最後の仕切りです。

私は清めの塩を大きく撒き、自分に気合いを入れて一気に集中モードです。

仕切り線を挟んで向かい合い、サガリを分けて構えに入ります。

「時間です……まったなし……」

私はサッと両拳をつけました。

タイミングはセラに譲ります。

セラは少し意外そうな表情を見せながら右拳をつけ、

そして何度か探りを入れるように揺れてから、左拳で仕切り線を叩きました。

私は自分の頭部にビリビリを感じながら立ち上がりました。

「ハッ!」

「せやっ!!」

「ナニッ!?」

私は、多分初めて立ち合いを変化させました。

八双跳びでセラの出足の張り手を避けつつ、その腕を取りながらの引っ掛けが決まりました。

「クゥッ!」

セラは数歩蹈鞴を踏みましたが、慌てて私に向き直ります。

ですが、既に私はセラに向かって踏み込んでいます。

「ノコッタノコッタノコッタ!!」

「ふんっ!」

「グッ!!」

セラに対して渾身のぶちかまし。セラの胸付近に炸裂して、大きな身体が大きく後ろに後退あっという間に土俵際です。

私は追撃しようと更に踏み込みに行きます。

その瞬間、背中がピリッとしました。

それを感じて私は踏み込む方向をすり足で変えます。

「ヌッ!?」

叩き込みを狙っていたセラは、完全に私に裏をかかれた形で棒立ちになっています。

私のこれまでとは違う動きに戸惑いを隠せないようです。

セラに接近した私は、顔面にビリッとした感覚を覚え、その場で身体を沈めます。

「フンッ!」

その真上をセラのツッパリが通過しました。

ですが、間合いを読みそこなったのか、セラのツッパリは私の大銀杏をかすめたらしく、髪の毛が解けて、後ろに流れます。

ですが、私の前進は止まりません。

私は自分の間合いに入ると、再びセラにぶちかましを仕掛けました。

「ノコッタノコッタノコッタ!!」

「せいっ!」

「グゥッ!?」

セラの身体が大きく仰け反ります。

ですが私はすぐに組み付くことで、セラが土俵下に落ちるのを止めました。

「ウッ!?」

「……ダメだよ、セラ……もっと楽しもうよ……まだ私、汗一つかいていないよ?」

私は、わざとセラを挑発すると、一気に身体を引いて間合いを開けました。

「ノコッタノコッタノコッタ!!」

「やっ!」

「ヌグッ!」

私の肩透かしにセラは危うく身体を傾けましたが、なんとか踏ん張ります。

立ち位置が土俵際から移動します。

私が追撃をしようと前に踏み込んだ瞬間、顔面にビリッとした感覚を覚えました。

私は冷静に自分の顔を捻りました。

「フンッ!」

そのすぐ横をセラのツッパリが通過します。

「ノコッタノコッタノコッタ!!」

「せいっ!」

「グッ!」

再び私のぶちかましがセラの胸付近に炸裂です。

セラがヨロヨロと蹈鞴を踏みます。

今度はセラの態勢が直る前に私が両差しで組み付き、腰を落とします。

「クッ……コノッ……」

セラは私を引き剥がそうと上から押し込もうとしますが、

マワシを引いてからが本職の私にそんな押しが効くはずもありません。

「……セナ……この程度なの?」

「ナ、ナンダト?」

「そんな事じゃ、いつまで経ってもエリカさんを追い抜けないんじゃない?」

「ヌッ……ヌゥゥッ!!」

私の一言に怒ったのか、セラは強引に私を引き離そうとします。

ですが今までセラは強くなって勝つより、自分が勝てばそれでいいというスタイルだった為、基本を覚えていないんです。

言ってみれば、才能に溺れていたということなんだと思います。

「……それで押しているつもり!?」

「コ、コノッ……」

「押しってこうやるんじゃないっ!?」

「グッ!? グッ……ググッ……」

私はあえてマワシを放してセラの胸を押し上げながら、押しに出ます。

腰を落とす事が出来ないセラは、耐えられるはずも無くあっという間に土俵際まで追い込まれます。

私はまた押しを止め、マワシを掴みなおしました。

「ハァ、ハァ、ハァ……」

「はぁ……はぁ……ほら、どうしたの? もう諦めるの? 諦めるなら、自分で出て」

「ウ……ウオォォッ!!」

セラは初めて感情を剥き出しにして、私のマワシを両上手で掴み強引に振り回そうとします。

ですが、この状態ならセラの攻めは全て封殺できます。

「むんっ!!」

ですが、私はしっかりと腰を落としてセラの攻め手を完璧に封じ込めます。

セラは遮二無二に私を振り回そうとしていますが、基本の欠落した攻めでは功を奏しません。

いつものビリビリの感覚も全然ないんです。

それだけ、セラの攻めが甘いという事なんです。

「ハァ、ハァ、コノッ……コノッ!」

「……んっ……うんっ……」

私は冷静にセラの動きを封殺し続けました。

やがて、セラは疲れから全然力が入らなくなっていきました。

「……ここまでか……こんなものなんだね……」

私はわざと冷静な言い方をしました。

セラの闘争心を更に煽る為です。

「クソォ……クソォ……」

セラはまだもがくようにしていますが、完全に棒立ちで力も入りません。

同期の入門ですが、必死に努力して来た人と、適当に流してきた人の差がこの姿でした。

私は止めを刺すことにしました。

セラの力士としての、トドメです。

「いやあああっ!!」

「ウアアアアッ!?」

私は渾身の力でセラの大きな身体を吊り上げました。

本来この体格差ではありえない姿です。

そのままセラの身体を捻るように振り回します。

「はああっ!!」

「グハッ!!」

私の吊り落としが炸裂しました。

セラの大きな身体が土俵下に転がり落ちます。

「勝負あった!」

軍配が私に上がります。

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」

セラは茫然自失と言った様子です。

私は土俵の上からセラを睨み付けました。

多分私は、今までで一番怖い顔をしていると思います。

セラは私に睨み付けられて、一瞬身を竦ませたような様子を見せました。

私はゆっくりときびすを返しました。

一礼をして取り組みを終えましたが、この場にあるのは勝者と敗者だけ。

土俵を去るセラの後ろ姿は、既に力士としてのオーラが消えていました。

私は力強く手刀を切りました。

はっきりと……力士の全てである”誇り”を持って……。



渡邉しずかの戦績



十三日目終了 七勝六敗



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