隠相撲 千秋楽





とうとう千秋楽です。

私こと“渡邉しずか”の戦績は、昨日琴美に敗戦してしまった為七勝七敗。

勝ち越しにせよ、負け越しにせよ、この千秋楽に全てが懸かっています。

優勝戦線の行方は今場所は全勝の隆美さんとエリカさんに絞られています。

当然、今日の最後の一番で直接対決です。

ともかく、私は自分の相撲を取るだけです。



隠相撲の千秋楽は、普通の大相撲とちょっと違います。

何故か幕内の取り組みは、全て三本勝負の特別ルールなんです。

しかも三本目まで勝負がもつれた場合、三本目は土俵の外に出すか、

相手を降参させるかのルールになるんです。

ある意味相撲ですが、ある意味もう相撲ではありません。

何時始まって何故こうなったのか、実は最年長の枝里子さんすら知らなかったりします。

ただ、枝里子さんの憶測の話だと「きっちりと白黒つけさせるためだと思う」とのことでした。

それがどういう意味かと言えば、おそらく今日の横綱対決のことを指しているのだと思います。

一本勝負だからこそ、一度きりの真剣勝負になるのだと思いますが、

この三本勝負には例え負け越していても、

この三本勝負の取り組み如何で来場所の番付にも影響があるという話ですから、

既に負け越しが決まっている力士も相応に力が入ります。

ですが、幕内の取り組みが全て3本勝負になってしまえば、時間は通常の二倍から三倍かかります。

ですから、千秋楽だけは朝から晩まで取り組みがあるんです。

普段は夜から始まる隠相撲ですが、この日だけは午前中に十両の取り組みを終わらせ、

午後一からは幕内の死闘が開始されます。

みんな元々闘志があるから、勝負は大白熱です。

しかも三本目まで縺れ込んだから、その先は色々です。

三本目に突入すると、相撲技で降参させるのは難しい為、基本的に下地に持っていた技を使います。

柔道やレスリング仕込みの押さえ込み、関節技等から俄仕込みのプロレス技、ないしレズ技です。

要は相手に「参った」を言わせればどんな技もありなのですから、

土俵の上はいつも以上に濃厚な闘いです。

みんな泥塗れほこり塗れで決着です。

でも勝負を終えて戻ってくる力士の顔は、みんな笑顔なんです。

それを見ると、もしかして隠相撲の千秋楽の三本勝負は、

先人の方たちがこうやって土塗れになって遊びたいだけだったんじゃないかなって、そう思います。

そして、いよいよ私の順番になりました。



呼び出しを受けて、私と対戦相手が土俵の上で向かい合います。

私は相手を真っ向から睨みつけました。

相手も同じです。

同じように大銀杏を結った髪、同じ真っ白のマワシ、そして自分と同じ顔立ち。

お互い、自分を合わせ鏡にしたような姿と土俵で向かい合って、怒りを覚えているのかもしれません。

今日の私の相手は、私の同期で双子の妹、前頭六枚目の“渡邉しずね”でした。



私としずねは、双子の姉妹であるのと同時に、宿敵関係です。

勉強にしてもスポーツにしても常に同じ成績ばかり。

でも必ず僅差でどちらかが勝って、どちらかは負けるんです。

そんな関係は、わんぱく相撲の頃からそうでした。

いつもどっちが勝ったのか分からないほどの激しい相撲で、

対戦するたびに勝敗を巡ってケンカ通しです。

ケンカは丸一日続いて、結局最終的に二人して疲れて自棄を起こすのが常です。

ですが、この隠相撲に来て以来、その状況は僅かに改善されました。

お互いの成績が勝負の分かれ目にはなりますが、

結果としてどっちが先にてっぺんまで上り詰められるかが勝負ですから、

毎回毎回勝敗を気にしていられません。

しずねの体躯は私と同じ身長167センチ、体重51キロ、スリーサイズ88、65、90です。

私と同じ左四つを得意として、右の上手投げが必殺技。

双子だからという訳でもないのでしょうが、やはりやたらと手が合います。

ここまでの対戦成績は、隠相撲だけに限りますが私の十六勝十四敗。

しかも今場所の戦績は七勝七敗。

ついでに、幕内に入ってからはいい見世物なのか、千秋楽で対戦する事七回。

勝ったり負けたりしているのが常ですが、

ここ最近しずねも急成長を遂げていて苦戦することは間違いありません。



互いに塵を切り、力水をつけ最初の仕切りに向かいます。

ゆっくりとサガリを分けて蹲踞をします。

互いに向かい合うと、他の人とは違った緊張があります。

一番近しい相手と闘うというのは、やはりそれ相応に意味があるからです。

私はゆっくりと仕切り線に拳をつけて、体重を乗せて身体の調子を確認します。

すっと仕切り線から立ち上がると、同時にしずねも立ち上がっていました。

こういうところは一卵性双生児の本領発揮です。

ほとんど同じタイミングで動いてしまうので、多分行司さん無しでも簡単に立ち上がれると思います。

ですが、気負いや焦りがあると動きが鈍ってしまう為、私はもう一度集中状態に入りなおします。

二度目の仕切り。

ここはしずねが嫌いました。

私は何となくですが、今日も嫌な展開になりそうな事を感じていました。

そして、最後の仕切り。

「……手を付いて……」

互いに同じ位の塩を撒き、同じようなタイミングで構えを取ります。

私は右のわきの下にビリッとした感覚を覚えます。

次の瞬間、私としずねは同時に立ち上がりました。

「ふっ!」

「ふっ!」

バシッと言う身体同士がぶつかり合う音と同時に、私としずねはいきなり左四つに組み合っていました。

互いに胸を合わせたがっぷり四つです。

私は瞬間的に身体がビリッとするのを感じます。

「えいっ!」

「むんっ!」


しずねの左下手からの崩しですが、私は上手で捻る事によって相殺します。

再び胸が合いますが、今度は身体の左側がビリッとします。

「やっ!」

「おっと!」

しずねの右上手の捻りは左下手のおっつけで封じます。

態勢が戻ると、今度は身体全体がビリッとします。

「ふっ!」

「くっ! ふんっ!」

「うくっ!」

しずねの吊りですが、ここは私がどっしりと腰を落として封じ逆に吊り返そうとしますが、

しずねも足を開いて踏ん張り、私の吊りを封じ込みました。

私としずねは再び胸を合わせた状態で落ち着きます。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

「はぁ……はぁ……」

ここまでは互角ですが、有利なのは私のようです。

しずねはどうやら攻め焦っているようです。

多分私の今場所の取り組みが一皮向けていることに気付いていたからだと思います。

しずねらしくありませんが、これはチャンスです。

私は万全を期すためにしずねをたっぷりと消耗させる事にしました。

「えいっ!」

「くっ!」

私の右の上手投げでの崩し。

しずねは慌てて足を運び、態勢を整えます。

「やっ!」

「くぅっ!」

次いで私は寄りを仕掛けますが、しずねは腰を落として私の寄りを凌ぎます。

しかし、私はしずねへの揺さぶりをやめません。

「しょっ……むんっ!」

「うくっ!? あっくっ!」

今度は私の左の肩透かしからカウンターの寄りです。

しずねは足を運んで必死に寄りで対抗します。

ですが、私の崩しの連発についてこれず、しずねの足は少しずつ後退しています。

土俵際が近づいてきたところで、私はビリッとした感覚を覚えます。

「つあっ!」

「くっ!! せいっ!!」

「うあっ!? くっくっ……」

しずねの反撃を期した右の上手投げ。

ですがその攻撃を予期していた私は、しっかりと腰を落として立ち位置を変えさせません。

しずねは無理な投げで体勢を崩し、私の寄りに耐え切れずヨロヨロと蹈鞴を踏み、

あっという間に土俵際に追い込まれました。

ですが、問題はここからです。

「くっ……んっ……」

「うっ……くっ……」

土俵際の吊り合いの態勢で、私としずねはピタリと動きを止めました。

私と同じく腰の重いしずねは、うっちゃりを切り札に持っています。

安易に寄り倒そうとすればしずねのうっちゃりの餌食です。

逆にしずねは、逃げようとして少しでも中心線をずらせば一気に私に攻め込まれるため、

胸を合わせた状態で動く事が出来ません。

「むっ……くくっ……」

「んっ……んっくっ……」

互いに譲らず微動だにしない時間が過ぎます。

私の気持ちとしてはまだ土俵の真ん中で組み合っている状態なくらい緊張を持って詰めていますから、

しずねにうっちゃりを仕掛ける隙を与えません。

しかし、しずねも中々諦めず土俵を割りません。

力の入る根競べが続きます。

「くっくっ……んっ……くくっ……」

「あっくっ……んあっ……あっあっ……」

しずねが苦しそうに声を漏らし始めました。

どうやら限界が近づいてきたようです。

「んっ……そっりゃああっ!!」

「うぐっ……うあああっ!? きゃんっ!!」

私は一瞬で腰を引くとその状態でしずねの右上手を切りつつ必殺の右上手投げを仕掛けました。

ようやく寄りのプレッシャーから開放されて油断していたしずねは、

耐える間も無く身体を土俵に転がしました。

「勝負あった!」

軍配が私に上がりました。

まずは、私の上手投げで先勝です。





一本目を終えた私としずねは再び東西に分かれて一度水をつけます。

言ってみればただの水入りでずが、一本目で既に相応に消耗している以上、次の勝負も油断は出来ません。

一本目は私の完全勝利でした。

いつもであれば大きく揺れあって必死に踏ん張りあう相撲になっていたはずですが、

思った以上にビリビリのおかげで防御力が上がったみたいです。

やがて二本目の最初の仕切りです。

私としずねは互いに睨み合いながら最初の構えに入ります。

ですが、私はすぐにしずねの印象が代わっている事に気付きました。

先程までの闘志が消えて、気持ちが静かに集中している状態です。

私は一度息をついて立ち上がりました。

今のしずねの状態がどういうことか、私は知っています。

全神経を集中させて、全身に感覚が張り巡らされている状態。

私がビリビリの感覚に目覚めたときと、同じ精神状態ということです。

油断をしていたらおそらく一発で終わってしまいます。

二度目の仕切り。

再び私としずねが睨み合います。

不意に私は身体中にビリビリッと電気が走るのを感じました。

そう思った瞬間、私としずねは同時に仕切り線を叩き合い、立っていました。

再び土俵の上にバシッという身体がぶつかり合う音が響きます。

私としずねは再び土俵の真ん中でがっぷり四つに組み合いました。

しかし、今度は左四つではなく、右四つででした。

「んっ……」

「くっ……」

私は右足にピリッとした感覚を覚えて僅かに動かしました。

ですが、しずねは攻めてきません。

「ふっ……」

「んっ……」

今度は私が左下手から崩そうとしましたが、私が動く前にしずねは腰を振って私の崩しを封じました。

この瞬間、私は違和感を覚えました。

ですが次の瞬間には右のわき腹がピリッとします。

「うんっ……」

「くっ……」

ですが、しずねは全然動きません。

当然私も僅かに身体を動かすだけで、立ち位置は全く変化しません。

今度は私が左下手から投げようと“思い”ました。

「んっ……」

「んくっ……」

思っただけでしずねはピクッと反応したんです。

この瞬間、私はすぐに理解しました。

おそらくしずねもビリビリを感じ始めたんです。

だから、私が“思った”だけで何をするか察知されてしまったんです。

どうやら嫌な予感が当たったみたいです。

お互い攻め手が察知されてしまう以上、異様なほどの精神的な消耗戦しか残されていないからです。

「はっけよーい……」

「んっ……くっ……んっんっ……」

「うっ……んっ……うくっ……」

「……よーい、はっけよーい……」

「んくっ……くっ……うぁっ……」

「あっ……んぅ……くっ……あっ……」

お互いほとんど動かず、サガリだけが揺れる時間が過ぎます。

傍目にはただ動いていないだけでしょうが、私としずねの間ではずっと攻防が続いています。

ビリビリの感覚は先程から絶え間なく続いています。

既に身体のあちこちにビリビリが表示て、その対応をまた身体に伝える。

こちらが狙った場所は、しずねの微妙な動きで全て封じられてしまいます。

ただしずねにもビリビリ間がある以上、お互いに攻撃しあっている状態での膠着なんです。

「はっけよーい……」

「はぁ……はぁ……んくっ……ふぅ……ふぅ……」

「はぁ……はぁ……うんっ……はぁ……はぁ……」

私もしずねも大分息が上がってきました。

隆美さんやあげはさんと演じた膠着の相撲と同じです。

しずねの身体は岩や山のように感じはしませんが、

攻めるに攻められない嫌な雰囲気をかもし出しています。

このビリビリ感がその理由なのかもしれません。

私としずねは、いつの間にか滝のような汗を流しながら必死に組み合い続けます。

「はっけよーい……」

「はぁ、はぁ、ふぅ、はぁ……」

「はぁ、はぁ、ぜぇ、ぜぇ……」

5分、10分と時間ばかりが悪戯に過ぎていきます。

しかし一本目が終わった時点で一度水はつけているので、水入りには入りません。

スタミナは既に底を尽いて足の筋肉が消耗して悲鳴を上げ始めています。

ですが、動けません。

一足一刀の間合いと言う言葉を聞いた事がありますが、まさにそんな状況です。

先に動いた方が負ける。

私としずねもそれを察知しているんです。

「よーい、はっけよーい……」

「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ……」

「ぜぇ、ぜぇ、はぁ、はぁ……あっ!?」

行司さんが再三の囃しをした時でした。

しずねの足が力を失ったようにガクンと落ちたんです。

「せやああっ!!」

私はここしかないと思い、一気に前に寄って出ます。

ですが、この瞬間に身体中がビリビリッとして私に警告します。

しまった!! 誘われた!?

気付いた時には、私の身体はしずねに誘い込まれていました。

「たりゃあっ!!」

「きゃあっ!?」

私の身体は簡単に宙に浮いていました。

しずねが仕掛けたのは“呼び戻し”でした。

「あうっ!!」

私の身体は弧を描き土俵に叩きつけられてしまいました。

「勝負あった!!」

しずねに軍配が上がります。

「はぁ、はぁ、ぜぇ、ぜぇ……」

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

私としずねは精根尽き果て土俵に倒れ伏していました。

二本目の死闘は、しずねの辛勝です。





三本目の前に力水をつけます。

ですが、はっきり言って相当まずいです。

二本目の膠着した死闘で身体はボロボロです。

握力もほとんど無いし、足にも力が入りません。

いつもならしっかりと踏める四股も、ほとんど力を入れられません。

まして三本目は特別ルールです。

しずねが何を狙ってくるかも分からないのです。

ですが最初の仕切りが相撲な以上、立ち合いに捕まえるか捕まえないかで大きく戦況は変わります。

私が選ぶのは当然捕まえての寄り合いです。

この選択がどうなるか、あとは野となれ山となれです!

三本目の最初の仕切り。

私としずねはゆっくりと向き合いました。

しずねも相当疲弊しているようで、先程までの覇気が無くなっています。

どうやら、相撲は捨てているようで、私は背中にビリビリとした感じを覚えます。

叩き込んで寝技に持ち込む気だと分かりますが、私が相撲を捨てない事もしずねにばれているはず。

勝負は立たないと分からないようです。

私は口元をフッと緩めました。

しずねも表情が楽しそうに緩みます。

それと同時に、私としずねは立ちました。

しずねが選んだのはぶちかまし。

私が選んだのはも、ぶちかましでした。

ドシッという重い音と同時に、私としずねは三度がっぷり四つに組み合います。

今度組み合ったのは左四つ。

こうなれば、お互いに攻めてはもう一つしかありません。

「うんっ……」

「ふっ!」

真っ向からの寄りです。

私としずねは土俵の真ん中で、両足を大きく広げあった吊り合いに突入します。

「ノコッタノコッタノコッタ!! ノコッタノコッタノコッタ!!」

「くっ……くっ……」

「うくっ……んっ……」

お互いフラフラの身体を必死に奮い立たせ、何とか相手を崩そうとします。

足の位置は徐々に狭まり始め、腰の位置が高くなり始めました。

「ノコッタノコッタノコッタ!! ノコッタノコッタノコッタ!!」

「んくっ……んっ……くっ……」

「くっ……うくっ……くっ……」

やはり一本目、二本目の影響は隠せません。

やがて足は肩幅の位置まで狭まり、完全に背伸びでつりあう状態になってしまいました。

お互いの胸が潰しあって乳首のぶつかり合いが気になりますが、互いにH技には移行しません。

H技は有効だけど卑怯だという意見は同じだからです。

「ノコッタノコッタノコッタ!! ノコッタノコッタノコッタ!!」

「んぐっ……くっ……うぐっ……」

「あくっ……んっ……うんっ……」

私としずねは激しく吊り合っていますが、次第に腰を前後で打ち付けるような寄りを始めました。

激しい攻めですが、頭を振ったりして故意の頭突きで崩そうともします。

この攻防でマワシが緩み始め、さがりはあっという間に落ちてしまいました。

ですが、お互い一向に下がりません。

土俵の中央で必死の吊り合いですが、はやりお互い足は一歩も動かないんです。

「ノコッタノコッタノコッタ!! ノコッタノコッタノコッタ!!」

「くっ……ぐっ……あくっ……」

「うくっ……んっ……うあっ……」

「……待った! マワシ直し!」

ここで行司さんからマワシの締めなおしの指示が入りました。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

「はぁ、はぁ、はぁ……」

私としずねは一度放れると、互いにマワシを締め直します。

本来は行司さんが治すんですが、さすがに男性に直していただくわけには……

と何故かこんなところだけ恥らいルールがあるんです。

控えの力士にも手伝ってもらい、しっかりと締めなおすと、一度水をつけて再び組み直しです。

「ノコッタ!」

「はぁ、はぁ、はぁ……」

「はぁ、はぁ、はぁ……」

左四つの腰を引いたところから再開ですが、さすがに力尽きていたようです。

私もしずねも息を荒くしたまま動く事が出来ません。

二本目の状態の再来です。

また5分、10分と時間が経過していきます。

あまりに長い膠着と、激しい相撲の影響で私の大銀杏が緩みバラリと髪の毛が広がります。

しずねの大銀杏も時を同じくして崩れました。

ですが、互いに動けません。

「……はっけよーい……」

「はぁ、はぁ、はぁ……あくっ!?」

「はぁ、はぁ、はぁ……うあっ!?」

それは突然でした。

私の両膝が力尽きたようにガクッと落ちてしまったのです。

それと同時にしずねもガクリと態勢を落としています。

私としずねは同時につき膝をしてしまったんです。

「くっ……えいっ!!」

「うっ!? あっ!!」

ここで判断が早かったのはしずねでした。

咄嗟に私に覆いかぶさり、強引に押さえ込みに来たんです。

私はビリッと感じたのと同時に、しずねに押さえ込まれていました。

「うくっ……うっ……」

「はぁ……はぁ……」

こうなると下にいる私の方が圧倒的に不利です。

お互いに上半身に抱き合い、態勢としては横四方固めに近いです。

H技狙いなら即下を狙われていましたが、しずねはそういうことは狙いません。

必ず関節技を狙ってくるはずです。

その理由は、私としずねは何回か本気でプロレスでケンカした事があるから、

技を何個も知っているんです。

「ふぅ……ふぅ……くぅ……」

「はぁ……はぁ……やっ!」

「うくっ……」

ちょっとずつですが、しずねが位置を変え始めました。

ですが下になっている私には抵抗の仕様もありません。

「しっ……そりゃあ!」

「うくっ……んぐっ!」

程なくしずねがマウントポジションを取りました。

私と腕を捕らえると一気に腕ひしぎを狙ってきましたが、

私は腕をフックしながら起き上がり、腕が伸びきるのを防ぎます。

その瞬間、首にビリッとした感覚を覚えました。

「もらったっ!」

「うあっ!? あっ……くあっ……」

しずねはコレを狙っていたんです。

正面からの三角締め。

腕を決めることもありますが、これは首を絞めるタイプです。

「どうだっ!?」

「くっ……あっ……ま、まだまだ……」

私は表情を歪めながら必死に耐えます。

ですが、力が抜けてアヒル座りをするように、ぺたんとお尻をついてしまっています。

「ギブアップしたら!? お姉ちゃん!?」

「くっ……ノー……こ、こんなの……効かない……」

「くっ!?」

私は意地になって必死に足を踏ん張り、膝立ちになって上から押さえつけます。

こうすれば、三角締めのダメージを軽減できるんです。

その時でした。

「あっ!?」

しずねが声を上げました。

死闘で汗をかいていたのが災いをしたのか、足のフックが外れて技が解けてしまったのです。

私はこの隙を逃さずしずねの足を一瞬で絡め取りました。

「うあっ!? きゃああああっ!!!」

今度はしずねの悲鳴が響き渡ります。

私が仕掛けたのは“監獄固め”という、4の字に模した相手の足の上に座るようにして動きを封じる、

足四の字の強化版です。

ひっくり返せば逃げられるという方程式も、監獄固めには通じません。

「どうっ!? ギブアップする!?」

「ああぁぁっ!! ノーッ!! 絶対しない!!」

しずねは腕を暴れさせて逃げようとしていますが、肝心の両足はピクリとも動きません。

「どきなさいよっ! このデブッ!」

しずねは私を跳ね飛ばそうと起き上がりますが、この技にそんな事は命取りです。

「だれがデブだって!?」

「うあっ!? ああぁぁっ!!」

起き上がったしずねを捕らえてダブルアームタイプのフルネルソン。

これでしずねは身動き一つ取れなくなりました。

「ほら、ギブしたらっ!?」

「ノーノーノー……」

しずねは弱々しく指を振って余裕ぶりますが、これは相当効いているはずです。

なにせ、両手両足を極められ封じられるんです。

精神的にもかなり追い込まれます。

「はぁ、はぁ、ほら、ギブアップ?」

「うあぁぁ……ノォー……なめるなぁっ!!」

「うあっ!? くああああっ!!」

まさかっ!?

しずねはなんとダブルアームのフルネルソンを、力だけで振りほどいたんです。

そして、私が驚いている間にベアハッグで技自体を返してきました。

「うあっ……あっ……」

私は苦しさのあまりしずねの足も開放してしまいます。

「はぁ、はぁ、やってくれたじゃない?」

「ぐぅぅっ……」

「ほら、反撃よっ!!」

「うああああっ!!!」

更にしずねは私を抱きしめたまま、態勢を整えると、

私の背後に回り、チキンウィングフェイスロックを極めてきたんです。

右肩と顔面に激痛が走り、私は悲鳴を上げてしまいました。

「お姉ちゃん、ギブアップ!?」

「ノォーッ!! くぁぁっ!!」

私は極められていない左手で必死に顔の腕を外そうとしますが、その程度で動くわけがありません。

私は右腕の感覚がなくなるほど極められ続け、次第に抵抗力を失い始めます。

「はぁ、はぁ、ほら、とどめよっ!!」

「あっ!? うああああっ!!!」

さらに技が変化しました。

座ったままでのコブラツイスト。

今度はアバラが締め上げられ、私は両胸を晒しながら悲鳴を上げます。

「お姉ちゃん、ギブアップ!?」

「ノーッ!! ああぁぁっ!!」

完全に捕まってしまった私は激痛に負けまいと必死です。

今すぐ「ギブアップ!!」と叫びたくなる心を必死に噛み殺します。

「これでもかぁっ!!」

「くあぁぁっ!! ……くっ……あっ……」

「くそぉ……」

しずねはやっと私を解放しました。

私は仰向けに大の字になってしまいます。

九死に一生です。

本当にギブアップ寸前でした。

しずねは更に私を攻めようと、今度は足を狙ってきました。

ダメ……プロレス技じゃ勝てない……。

そう思った私はすぐに行動に移りました。

「えいっ!!」

「きゃっ!?」

足四の字を掛けようとしていたしずねの両足を持って強引に引き倒すと、

一気に襲い掛かって横四方固めで押さえ込みます。

「くっ……は、はなせっ……」

「悪いけど……もう逃がさないわよ……」

そう呟くように言うと、私はしずねのあそこに手を紛れ込ませました。

「ひぁっ!! あっあっ……」

自分でも驚きましたが、効果覿面です。

しずねのあそこは激闘の効果もあってか、びしょ濡れだったんです。

「ひ、卑怯……者ッ……あっあっ!!」

「はぁ、はぁ……悪いけど……負けるわけにはいかないの……ギブアップ?」

「ノーッ! ノーッ! ひっ……ひっくっ……ふあっ!! あっあっ!!」

押さえ込まれたしずねは完全に無抵抗になりました。

本当は使いたくなかった手段ですが、これ以外に私の勝ち目がありません。

私は一気に決着を狙いしずねの縦褌を取って激しく擦りました。

「ひああああっ!! あんっ!! あっあっ!! ふあああっ!!」

しずねは身体を反らして必死に逃げようとしたようですが、効果も無く絶頂に達してしまったようです。

身体中から力が抜けました。

完全に優位に立った私は、しずねにギブアップを促します。

「はぁ、はぁ、しずね……ギブアップは?」

「はぁ、はぁ……ふざけないで……押さえ込みでギブが取れると思うの?」

「……ふーん、じゃあ何がいい?」

「…………じゃあ、卍固めかな……」

「オッケー……」

私は横四方固めから、器用にスルスルとしずねの身体に絡みつきました。

グランドの卍固めです。

「さぁ、ギブアップ!?」

「ノーッ!! くぅぅっ……」

しずねは最後の意地を見せてギブアップを拒絶します。

ですが、私も逃がさないようにしっかりと極め続けます。

「しずね、ギブアップ!?」

「あくっ……くくっ……ノーッ!」

「はぁ、はぁ、ギブ?」

「はぁ、はぁ、あぁぁ……ノー……ノォー……」

「はぁ、はぁ、はぁ…………しずね?」

「はぁ、はぁ、はぁ……くぁぁ……はぁ、はぁ……も、もうダメェ……ギブアップ……」

しずねは5分近く意地を通した末に、とうとう土俵をタップしながらギブアップしました。

「勝負あった!!」

ようやく行司さんの軍配が私に上がります。

「はぁ、はぁ、はぁ……かったぁ……」

私はしずねを解放して土俵に転がったままガッツポーズをしました。

「はぁ、はぁ、はぁ……くそぉっ!!」

しずねは悔しそうに土俵に手を叩きつけました。

局面の判断……私をコブラツイストに捉え続ければ勝てていたかもしれないのだから、

悔やんでも悔やみきれないでしょう。

私としずねは互いに礼をして、別れました。

私は手刀を切りながら、やっと勝ち越しを遂げられた事に安堵をしていました。



これでようやく、今場所で強くなった証が立てらました。

相撲はやっぱり面白いんです。

そして、毎場所毎場所、色んなコトが起きるんです。

誰が勝つか、誰が負けるか、それ以上にどんな相撲が取れたか……。

大切な事は、たくさんあって、みんなそれを得るために

でも、まだまだ上にいかなくちゃいけないんです。



「まだまだ、強くならなくちゃ!!」





PS 優勝は最後に大一番を制した隆美さんでした。

ちなみに私は、幸運にも敢闘賞を貰っちゃいました。





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