隠相撲_二日目



初日を完全な敗戦をしてしまった私、

”渡邉しずか”ですが、落ち込んだりしません。

負ける事なんて日常茶飯事。

相撲で絶対に強い人って言うのは、横綱や大関レベルの人のことです。

いくら私がスピード出世したからって、いつもいつも勝てる訳ないんです。

と言う訳で、早くも復活した私は、二日目を迎えました。



支度部屋で高校の制服からマワシに着替え、

係りの人に大銀杏を結ってもらいます。

ちなみに隠相撲のマワシはちゃんとした木綿ですが、

少しサイズは小さくなっています。

その理由は、大きすぎると掴む事が出来ない選手が増える為です。

やはり大相撲で使用しているような大きく長いサイズのままでは、まるで腹巻きをしているようで、

相撲を取りにくいだけではなくて腹巻きでお腹全体を隠すようになってしまいます。

つまり、個人個人のサイズに合わせたマワシが用意されている訳です。

……ついでに、そうしないと13歳から入る女の子はサイズが合わなくなってしまいますから。



髪の毛は長さによってまとめ方が違います。

ショートカットの人はまとめず、他にポニーテールにまとめる人もいますが、

髪の毛が長い人はみんな大銀杏にしています。

やっぱりお相撲さんになる夢を持っていらっしゃる方が多かったから、その夢を叶える一つの格好みたいです。

ほとんどの女性は相撲が好きで、自分でもやりたくて……

でも見せ物じゃない場所で相撲を取りたい……

そう言う思いを抱えてこの場所にたどり着くようです。

でも、中には違う方もいらっしゃるようですが……。



ともあれ、二日目の試合の開始です。

今日の相手は「草野 瑠璃子」ちゃんです。

私より一つ年下の15歳、前頭9枚目で私とはケンカ四つになる左組み手が得意な子です。

私よりちょっと背の低い160センチ、体重が49キロ、

左上手を引いて相手を崩すタイプの技を得意としています。

私と同じスピード出世を遂げている子で、ハッキリ言ってライバルの一人です。



正直に言うと……水入りにならなければ良いのですが……。



行事の呼び出しを受けて、私と相手の瑠璃子ちゃんが土俵に上がります。

普段は一緒に遊んだりするくらい仲がいい子ですが、

土俵の上ではそうはいきません。

今までの戦績は私の8勝6敗。

でもどれも完勝なんてした事はありません。

それくらい、強敵なんです。



瑠璃子ちゃんと私の対戦のポイントは、

いかに相手の形にせずに自分の形を取るか。

分かり易く言うと、私が瑠璃子ちゃんの左上手を防ぐか捕まるかの攻防です。



土俵入りの四股と所作を終え、何度かの仕切りに入ります。

改めて向かい合うと分かりますが、瑠璃子ちゃんはどうやら少し身体が大きくなったようです。

それが自信になっているのか、いつもより覇気が強く感じられます。



けど、瑠璃子ちゃん……相撲はそんなに単純じゃないんだから……。



やがて時間いっぱい、最後の仕切りに入ります。

塩をまいて開始線を挟んで蹲踞で向かい合います。

「手を付いて……まったなし……」

私は少しゆっくりと構えを取ります。

既に瑠璃子ちゃんは勝ち気満々の顔で両手を開始線について構えています。

どうやら、開始のタイミングは私に任せてくれるようです。

ゆっくりと右手をつけ、呼吸を静かに潜めさせます……。

そして、数瞬の間を置き……左拳で開始線を叩きます!!

「のこったぁっ!!」

私と瑠璃子ちゃんが動いたのはほぼ同時!

お互い小細工せず、真っ直ぐ立ち上がりました!

時間にしたら1秒以下の瞬間に、既に攻防が開始されます。

瑠璃子ちゃんはぶちかましと同時に四つに組む事を狙ってきました。

ですが、私はこれを読み切って左の方でぶちかましを行い、

それと同時に自分の得意な右上手を捨てて、瑠璃子ちゃんの左手を制します。

バシッという身体がぶつかり合う音が響きます。

「ぐっ!」

「くっ!!」

形は私が左下手でマワシを引き、瑠璃子ちゃんが右上手、

私の右手と瑠璃子ちゃんの左手は手で組み合ってケンカをしています。

足は互いにしっかり引いてバランスを取っています。

私の方がやや優位な情勢です。

この場合、頭の位置が全てです。

そして、この位置を制していたのが私の方でした。

「くっ……あくっ……」

「はぁ……はぁ……くぅ……」
私は頭の位置をずらすことで瑠璃子ちゃんの顎にプレッシャーを与えます。

瑠璃子ちゃんは押しで一度距離を置きたい態勢ですが、

頼りの左手を完全に私に封じられているため動けないようです。

「はっけーよーい!」

行事さんの声が響きますが、ここは早々に動く訳にはいきません。

瑠璃子ちゃんは私の動きに合わせて反撃をしてくるはず。

その前になるべく消耗させておかなければいけないんです。

「……このっ!」

「おっと!」

瑠璃子ちゃんの上手投げですが、私は素早く足を運んで防ぐと、再び頭でのプレッシャーを再開させます。

「くぅぅ……」

瑠璃子ちゃんが大分じれてきたようです。

ここで勝負を掛けるべきと感じた私は、右手のケンカを止めると一気に四つに組みに行きます。

「やっ!!」

「くっ!!」

ここでは瑠璃子ちゃんの反応が上回りました。

脇を差してもろ差しをねらいましたが、私の右手は瑠璃子ちゃんの肘に防がれて、

上手の状態で組む事になりました。

左四つで胸が合いましたが、瑠璃子ちゃん必殺の左上手を防ぎきった分、私が優勢です。

そして、私と瑠璃子ちゃんの激しい攻防が開始されたのです。

「ふっ!」

「くっ! ……やっ!」

「きゃっ! ……このっ!」

「あっ……くっ!」

私が寄れば瑠璃子ちゃんは腰を落とし、瑠璃子ちゃんが投げれば私が踏ん張り、

瑠璃子ちゃんが押っつければ私がいなし、私が引けば瑠璃子ちゃんが攻める。

土俵の上を所狭しと激しい攻め合いが続きます。

「ノコッタノコッタノコッタ!! ノコッタノコッタノコッタ!!」

「くっ……こんのぉぉっ!!」

「うあっ……あっあっあっ……」

瑠璃子ちゃんの吊り寄り。

お互い背伸びになりますが、私の方が力負けです。

ジリジリと後ろに下がってしまいます。

「くぅぅ……やああっ!!」

「きゃあっ!!」

ですが、私は吊りをしたまま下手投げで立ち位置を入れ替えます。

おそらく組み手が不利で焦っていたのでしょう、瑠璃子ちゃんは呆気なく土俵際を背負ってしまいました。

私が完全に瑠璃子ちゃんを追いつめた形です。

瑠璃子ちゃんは土俵いっぱいまで後退したところで、俵に足をかけて背伸びで寄り切られるのを堪えます。

「くっ……くっ……」

「うっ……ぐっ……」

瑠璃子ちゃんの強さはここからです。

私も土俵際の粘りには定評がある方ですが、瑠璃子ちゃんも劣らずです。

体重と体格が近い分、安易に土俵際で調子にのると、うっちゃりを食らってしまうのです。

だから私は”わざと”土俵際で寄りのプレッシャーを与えているんです。

「う〜ん……う〜ん……」

「くぅ……あっ……ん〜ん〜……」

「…………くっ!!」

「…………うあっ……」

土俵際の攻防が長時間に渡り、私と瑠璃子ちゃんの頬が朱に染まります。

玉のような汗が流れていますが、お互い力を緩めません。

やがて私は、攻めきれないと判断して素早く腰を引きます。

ここで、私の寄りを耐えきったという気のゆるみで、一瞬だけ緊張が解け、瑠璃子ちゃんからも力が抜けます。

本来はお互いが防御の態勢になるこの態勢……、この態勢になる瞬間が、私の狙っていた全てなんです!

私は腰を引いた瞬間に左下手で瑠璃子ちゃんを引き付けつつ、上手投げを仕掛けます!

もらったよ、瑠璃子ちゃん!!

「いやあああああっ!!」

「うああああっ!? ……あうっ!!」

瑠璃子ちゃんの左足が耐える間もなく跳ね上がりました。

右足で残ろうとしたようですが、既に時遅し。

瑠璃子ちゃんの身体は、綺麗に一回転して背中から土俵に叩き付けられました。

「下手ひねり」で、私の勝ちです!

「はぁ、はぁ、はぁ……残念でした……」

「はぁ、はぁ、はぁ……くっそぉ……」

私がちょっと得意げに微笑むと、瑠璃子ちゃんも微笑みながら立ち上がりました。

互いに一礼して私は勝ち名乗りを受けます。

瑠璃子ちゃんの背中は「覚えてろ!」と言っているようでした。

ですが、手刀切りをする私の姿も瑠璃子ちゃんにはこう映っていると思います。



「……まだまだだね♪」



渡邉しずかの戦績、


二日目終了   一勝一敗





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