隠相撲 三日目




二日目にして、何とか星を五分に戻しました。

正直連敗せずにホッとしています。

妙なもので、この相撲と言うのは負けが込むとずっとそのまま引きずってしまうのです。

俗に言う“負けグセ”というやつです。

とにかく早々と白星を出した以上、ここで一気に波に乗りたいところです。

三日目の相手は「秋山 みちる」さん。

前頭5枚目の大学3年生、身長が169センチ、体重が55キロ、スリーサイズは88.64.95。

私と同じ脇を差してぐいぐいと前進するタイプで、四つに組んだときは足を絡める事も得意としています。

みちるさんは以前から3役になっても不思議じゃない強さを持っているのですが、

どうしても勝ち上がることが出来ず、前頭の上位でくすぶっている状態です。

私のみちるさんの戦績は、私の3勝8敗。

別に勝敗は年功序列で決まっていませんが、やっぱり才能より経験がものをいう世界。

互いに胸を合わせての相撲が多いのですが、紙一重でいつもみちるさんに負けています。

私の、超えなければいけない壁の一人です。



呼び出しを受け、土俵に上がります。

私は個人的に後輩の挑戦を受けるより、敵わない先輩にぶつかっていった方が、まだまだ楽しいタイプです。

土俵入りの所作も自然と力が入ります。

塩をまき、最初の仕切りです。

仕切り線を挟んで、一度お互い蹲踞して向かい合いました。

みちるさんと目線がじっとぶつかり合い、動きがピタリと止まりました。

相撲をやっていると、たまにこういうことがあるから不思議です。

私とみちるさんの呼吸はぴったりと合わさっていました。

私はゆっくりと立ち上がると、さがりを分けてゆっくりと構えます。

みちるさんの動きは私よりやや後……。

けれど、この瞬間にお互いの気持ちがぶつかり合い、心の中の声が聞こえたんです。

『……いきます』

『かかってきなさい………』

『……はっけよーい……のこったっ!!』

私とみちるさん、二人にしか聞こえない声。

一度目の仕切りで、私とみちるさんは同時に立ちました。

立ち合い、私は脇を締めてぶちかましもろ差しを狙います。

対してみちるさんも同じように脇を締めてのぶちかましですが、選んだ攻めては押しでした。

「きゃっ!」

互いの身体がぶつかった瞬間、私の手はみちるさんのマワシを捕らえられず、

みちるさんに胸を押され後退してしまいました。

続けてみちるさんが押しで攻め込みに来ますが、私だってそう甘くはありません。

腰をしっかり落としてみちるさんの腕をいなして態勢を崩し、逆に押し返します。

「くっ!!」

でもみちるさんの腰も重いです。

私が続いて押し込む前に態勢を立て直してしましました。

ここからは壮絶なツッパリ合戦です。

狙い先は喉と胸。

顔を狙うときもありますが、それはある種暗黙の禁じ手。

なんですが、次第にヒートアップして来てしまい、既に顔も構わず張り合っています。

「ノコーッタノコッタノコッタ!! ノコーッタノコッタノコッタ!!」

「くっ! あっ! んっ! このっ!」

「あっ! くっ! くっ! ふっ!」

私もみちるさんも一歩も下がりません。

既に数十発を打ち合っていますが、お互いがお互いの張り手を殺し合い、全く決め手に至りません。

けど、この乱戦の中にしか絶対に勝ち目は考えられません!

「ふっ!!」

「……やあっ!!」

私はみちるさんのツッパリを肘でかち上げました。

その瞬間、みちるさんの脇と胸が見えました。

今だっ!!

「ふっ!!」

私は迷わず足を踏み込み、みちるさんのマワシを狙います。

「くっ!?」

みちるさんが慌てた声を漏らしました。

私の必殺の態勢、もろ差しです。

私は死力を振り絞って必死にみちるさんに寄りを仕掛けます。

「やああっ!!」

「くぅぅっ!! このっ!!」

でも、ここはみちるさんの対処がさすがでした。

私に引き付けられたと判断した瞬間、自分から後ろに下がり間合いを取って左手を巻き返してしまったのです。

あっという間に私もマワシを捕らえられてしまいました。

お互い得意の右上手を引いた左四つ。

けれど、私はそれ以上攻めず、腰を引いて防御の態勢を整えました。

みちるさんも同じ態勢をとり、胸のあった膠着状態になりました。

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」

「はぁ、はぁ、はぁ……」

どうやら今の突っ張り合戦でお互いスタミナが尽きてしまったようです。

お互い得意の右上手を深い位置で掴んでいますが、これでは全く動けません。

「……はっけよーい……」

「はぁ、はぁ、はぁ……」

「はぁ、はぁ、はぁ……」

行司の囃されてもさすがに動けません。

今になって突っ張られたところがジンジンしてきました。

「……よーい、はっけよーい!」

「はぁ……はぁ……はぁ……」

「……はぁ……はぁ……はぁ……」

私は息を整えながら足の位置を整えます。

みちるさんはお尻を振って私の組み手を崩して間合いを調節しようと試みています。

けど、ほとんど効果は無しです。

残された手段は……。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

私は覚悟を決めて、みちるさんが動くのを待つ事にしました。

もう力もほとんど残っていません。

私はこの勝負をたった一つの技に賭けたんです。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

「はぁ……はぁ……くっ……」

左四つ、胸が合った状態でお互い動けない状態が続きます。

お互いが早々に攻められないのは、先に無理に動けばその隙に乗じられる可能性があるためです。

ですから、この硬直はただ休んでいるわけではなく、

いつも以上の力を振り絞る為に集中力を高める時間でもあるんです。

つまり、私もみちるさんも、水入り前に決着を狙うと言う事です。

それを分かってくれているのか、行司さんも囃すだけで水入りの指示はしません。

サガリだけがゆらゆらと揺れる時間が過ぎます。




……きたっ!!



「ふんっ!! いやあああっ!!」

「くっ!! あっ!! くぅぅぅ……」

みちるさんの投げからの寄り。

態勢を崩された私の方が若干押され気味になりますが、

私は土俵際まで下がらず、爪先立ちの吊りで土俵のやや西寄りでみちるさんを食い止めます。

「ぐぅぅっ……」

「んくくっ……」

ここでも互角なのか、吊り合いの状態で再び膠着になります。

でも、私はこれだけで終わるわけがないと思っていたんです。

「せいっ!」

「うあっ!? ……くっ!!」

みちるさんの左の外掛け!

私は堪らず態勢を崩してしまいますが、何とか残ります。

「もらったっ!」

さらにみちるさんの追撃、外掛けを耐えた私に切り返しを仕掛けました。

胸のあった四つ身の吊り合いからの外掛け、

さらに切り返しへのコンビネーションはみちるさんの必勝パターン。

でも、私はこの瞬間を待っていたんです!!

「やっ!!」

「なにっ!?」

私は左肘でかいなを返し、

強引にみちるさんの右上手を切り、

自分も左下手を捨て身体を開き、

同時に右足をみちるさんの左足に絡めます。

この反撃は予想外だったのか、みちるさんは完全に抵抗力を失っていました。

私の賭けていた技は、このみちるさんの切り札に対抗する為の技、河津掛け!

完全に組み合った状態になったときから、みちるさんの最後の技が、切り返しだと読み切っての返し技です!

「いっけぇぇっ!!」

「きゃあああっ!?」

私とみちるさんはほぼ同時に土俵に落ちました。

判定は微妙です。

私とみちるさんは慌てて身体を起こし、行司さんの軍配を確かめます。

軍配は……私!!

「よしっ!!」

「……しまったぁ……」

小さくガッツポーズをとる私と、頭を抱えて土俵に仰向けに倒れてしまうみちるさん。

確かにみちるさんはあと一歩のところで勝ち星を落としたと感じているでしょう。

でも、この相撲は、私の勝ちです。

土俵を挟んで一礼して勝ち名乗りを受ける私を、みちるさんは悔しそうに睨んでいました。

私の堂々と手刀を切る姿から、私が最後の技を見切っていた事を理解したんでしょう。

みちるさんは「やってくれたわね……」と怒りすら放っていました。

でも私もこれくらいじゃ怯みません。




「今度はもっと完璧に負かして見せます!」






渡邉しずかの戦績

三日目終了 二勝一敗



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