隠相撲 六日目





五日目の横綱への挑戦。

過去の対戦の中で一番長い取り組みとなりましたが、結果は上手投げで私の完敗。

取り組み後、隆美さんが私の事を「いいライバルになるけど、まだまだね」と言っていたそうです。

悔しいですけど、その通りです。

あの後、あの相撲を思い返してみると、

私は隆美さんの攻めを防いでいただけで、私からはほとんど有効な攻めが出来ていませんでした。

つまり、私が守りに徹していたから長い相撲になったということです。

だからといって、安易に攻めに行けばあっという間に負けていた可能性が高いわけで、

一概に守る事が悪いとも言い切れないのですが…。



六日目を迎えて三勝二敗。

とにかく連敗だけは避けたいところなのですが、今日の取り組みを知らされて驚きました。

二敗で優勝戦線から脱落したのに、西の横綱、神田エリカさんが今日の私の相手だったのです。

隠相撲では、対戦相手は当日に発表になります。

主催者側に白星のコントロールの意図があるからですが、大抵星が並んだところを対戦させる事が多いんです。

無論、エリカさんは五日目まで全勝。

という事は、私がエリカさんと対戦する理由は一つしか有りません。

エリカさんが私との対戦を指名した……ということです。



エリカさんは日本人とアメリカ人のハーフです。

外見は綺麗な金髪にやや黄色がかった肌に青い目を持っている、完全な外国人さんです。

年齢24歳、身長175センチ、体重65キロ、スリーサイズは98・65・102。

多分スタイルは、隠相撲随一だと思います。

隆美さんとエリカさんは、自他共に認める宿敵同士です。

体格も近い二人だから、取り組みは毎回死闘です。

ほとんどの場合、千秋楽で優勝争いをしている二人が闘うケースが多いです。

時には全勝同士だったり、時には一敗で追いかけていたり。

私は何度も二人の相撲を見てきましたが、そのたびにレベルの違いを思い知らされました。



エリカさんは隠相撲一のパワーと長い手をつかった押し相撲が得意としていますが、

隆美さんとは逆の左上手を引いた時に繰り出すやぐら投げは、文字通り天下無双の決め技です。

対戦成績は〇勝二敗。

一度目は吊り出し、二度目は押し出し。

共に全く手も足も出ませんでした。

私に対抗できる術は……やっぱり自分の相撲をとることしかありません。

ただ、両差しの寄りを挑むより、

右四つでエリカさんの左上手を封じた上で腰を落とした寄りが有効なはずです。

それよりも、不安なのは私の身体の方です。

昨日の隆美さんとの取り組みで陥った感覚が抜け切れていないんです。

疲れなのかとも思うのですが、先程鉄砲や四股を試してみても、いつも通りに動いているんです。

切れが悪いわけでも無いし、反応が悪いわけでもないのですが……。

こんな集中し切れていない状態ではエリカさんに申し訳ないです。

「……よしっ!!」

私は両頬を思いっきり叩いて気合いを入れ直して、花道を堂々と進みました。



呼び出しを受けてゆっくりと土俵に上がります。

エリカさんは真っ赤な繻子の締め込みです。

互いに蹲踞をして塵を切ります。

こうすると、エリカさんの身体の大きさが本当に良く分かります。

四股を踏み、塩を巻き最初の仕切りです。

エリカさんは私を探るようにゆっくりと仕切り線に拳をつけます。

私もそれに倣うようにゆっくりと仕切り線に拳をつけますが、

呼吸が合っていないと感じて一回仕切りを止めました。

二度目の仕切り。今度は呼吸が合っています。

今度は私が先に拳を仕切り線に拳をつけました。

続いてエリカさんが拳をつけます。

その瞬間に、昨日の感覚が再び私を襲いました。

身体中を電流が走るような感覚。

今は肩、胸、腕、足に感じています。

こうなったら気合いと根性です。

私は気迫でその感覚を振り切りつつ、構えを取っているエリカさんを睨みつけます。

来るなら来いとばかりに私が腰を浮かすと、エリカさんはすっと構えを止めました。

どうやら、間合いが気に入らなかったようです。

三度目の仕切り。

今度は時間一杯です。

私は塩を撒き仕切り線の前でサガリを分けて蹲踞します。

ところが、ここで私は我が目を疑いました。

エリカさんが、仕切り線から3、4歩下がった位置で蹲踞をしていたんです。

私は内心「まずい……」と思いました。

私の作戦は、あくまで組みとめる作戦です。

足の長いエリカさんは組み付かれた寄り合い、吊り合いは得意ではないんです。

そこを突こうとした私の作戦は、やはり読まれていたようです。

「手を下ろして……待ったなし……」

私は自分の突進力を信じて、エリカさんを睨みながら構えます。

エリカさんも真剣な表情で私を睨んでいます。

勝負っ!!

私は、両拳で仕切り線を叩き、一気に突っ込みます。

エリカさんは予想通りツッパリで私との距離を開こうとします。

私は右肩にビリッとした感覚を覚えます。

「くっ!」

私の右肩付近にエリカさんのツッパリが炸裂しました。

私は後退を余儀なくされますが、腰を落として堪えます。

今度は喉元付近にビリッと感じます。

「ぐぅっ!」

エリカさんのツッパリが再び炸裂です。

でもこれも私は腰を落として必死に耐えます。

焦るなっ! 焦るなっ!

続いて再び喉元付近にビリッと感じます。

本能的に、私は「来たっ!」と思いました。

「えいっ!」

「ウワッ!?」

絶妙なタイミングでの私のひっかけ。

完全にエリカさんの身体が泳ぎます。

いけるっ!!

ひっかけが成功して私はエリカさんの右側面をとっています。

私は技も何も無くエリカさんにぶちかましを仕掛けました。

「ぐぅっ!」

「んぐっ!!」

しかし、これは失敗です。

エリカさんは一瞬にして態勢を立て直し、土俵際で私のぶちかましを完全に受け切りました。

ウェイト差が災いして、私は後ろに弾き飛ばされます。

「まだまだっ!」

けれど、私は再びエリカさんにぶちかましを仕掛けます。

その瞬間、顔面にビリッと感じます。

「あうっ!!」

その時にはもうエリカさんの張り手が炸裂していました。

私のぶちかましは迎撃されて、完全に勢いを殺されます。

「ノーコッタノーコッタノーコッタ!! ノーコッタノーコッタノーコッタ!!」

「そらそらっ!!」

「うあっ!! きゃっ!!」

エリカさんの猛烈な電車道。

ツッパリの雨あられに晒され、私は堪えきれず後退を余儀なくされます。

ダメッ! 相手をちゃんと見て!!

私は必死に自分を叱咤して、エリカさんの姿を捉えます。

その瞬間、また顔面に電流が走りました。

「やあああっ!!」

エリカさんのツッパリを見切っての、私の渾身のとったり。

エリカさんの身体が再び泳ぎます。

「クッ!? なんノッ!!」

「うくっ!?」

しかし、今度はエリカさんも反応して、私のとったりを逆とったりで切り返してきました。

私は慌てて腰を落としてエリカさんの逆とったりを封じ、エリカさんの左側面から右上手を取りました。

「クゥ……」

エリカさんは左上手を封じられた形ながらも左下手で私のマワシをとりました。

更に私とエリカさんは胸を取り合い、胸ケンカ四つ半身の状態で次の手を探りあいます。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

「ハァ……ハァ……ハァ……」

エリカさんもさすがに息が乱れています。

胸を取ってはいますが、エリカさんは正攻法で攻めるタイプなので、

隙を作る為に揉むくらいはしますが、Hな展開にはならないはずです。

私は何とか勝機を見出そうと、必死に考えます。

「はーっけよーい……」

「はぁ……はぁ……はぁ……」

「ハァ……ハァ……ハァ……」

行司さんが囃します。

私とエリカさんはなかなか動けません。

ですが、あの不思議なビリビリがないと言うことは、どうやらエリカさんは一度受けに回る気のようです。

なら、一か八かの賭けになってしまいますが、私は攻めるしかありません。

「……はぁ……はぁ……はぁぁぁっ!!」

「ウクッ!?」

私の渾身の内無双。

完璧な形でエリカさんの足が跳ね上がりました。

でも……、

「ムンッ!!」

「うあっ!?」

信じられない腰の強さです。

完全に傾いた身体を強引に戻してしまったんです。

さらに、エリカさんは技を崩された私の隙を逃さず、得意の左上手を引いた右四つにしてしまったのです。

「くっ!!」

私も慌ててエリカさんのマワシを引きますが、圧倒的に不利です。

私の足の内側がビリビリとします。

「フンッ!」

「ぐぅっ!!」

エリカさんが内掛け気味に私の足を攻めてきましたが、私は腰を落として防ぎます。

ですが、すぐに全身がビリビリッとしました。

「ムンッ!」

「ぐぐっ!!」

今度は強烈な寄り。

私は改めて腰を落として耐えます。

「チィッ!」

エリカさんは攻めきれないと思ったのか、一旦腰を引きます。

今だっ!

「せりゃっ!!」

「アウッ!!」

私の下手投げ。

エリカさんの身体が傾き、立ち位置が変わります。

エリカさんが土俵際を背負った形です。

「いやああっ!!」

「ウグゥゥッ!!」

私はここぞとばかりに寄りで攻めます。

エリカさんは土俵際まで押され、俵に足を掛けて踏ん張ります。

「ノーコッタノーコッタノーコッタ!! ノーコッタノーコッタノーコッタ!!」

「くっ!! くっ!!」

「クゥッ! アックッ!」

あと一歩……あと少しで勝てる!

私が止めとばかりに吊り寄りに転じた瞬間でした。

足にビリビリッと、あの感覚が走ります。

いけないっ!!

「ウオォォォッ!!」

「うああああっ!?」

次の瞬間、私の身体は宙に浮いていました。

エリカさんの必殺技、やぐら投げ。

「あうっ!!」

私は抵抗する事も出来ず、土俵に叩き付けられました。

「勝負あり!!」

軍配がエリカさんを差します。

「ハァ、ハァ、ハァ、なかなか楽しめたヨ。もっと強くなったら、またやろうナ」

「はぁ、はぁ、はぁ……はい……」

私は俯きながら立ち上がりました。

一礼をして土俵を降ります。

エリカさんは堂々と勝ち名乗りを受け、手刀を切りました。

まるで私に「早く上がって来い」と言っているようでした。

どうやら私は、相応に期待されているようです。

それはそれで嬉しい事ですが、

まずは電気みたいなビリビリの感覚と上手く付き合わなければいけないみたいです。

だから私は、負けても堂々と花道を下がりました。




「きっとそこにいきます! 待っていて下さい!」






渡邉しずかの戦績


六日目終了 三勝三敗



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