隠相撲 八日目






隠相撲も中日を過ぎて八日目を迎えました。

隆美さん、エリカさん、七海さんと三連敗を喫した私は、あっという間に戦績を落として現在三勝四敗の黒星先行。

これ以上の連敗だけは絶対に避けなきゃいけません。


昨日の七海さんの吊り落とし……というか、ストレッチバスターを受けた私は、

そのまま救急車で病院に直行するという異例の事態を引き起こしてしまいました。

検査の結果、幸いにも異常はありませんでしたが、身体に違和感がある場合はすぐに報告の上、病院直行になってしまうそうです。

七海さんは故意の危険行為をしたということで厳重注意処分、

今場所中に同じ危険行為をした場合、大関の地位を剥奪の上一年間の出場停止処分と言う重い処罰を警告されています。

私が支度部屋に入ると、その場にいた人たち全員が心配して声を掛けてくれました。

普段は全力でぶつかり合う仲間だからこそ、こういう会話が出来るんだと思います。

初日にぶつかった明菜さんも、二日目に対戦した瑠璃子ちゃんも、三日目に闘ったみちるさんも……

枝里子さんも隆美さんもエリカさんも、そして私を病院送りにした張本人の七海さんも、みんなです。

私はみんなに「大丈夫です。ありがとう」と言って元気な姿を見せました。

でも七海さんだけには「絶対に許しません! 今度は私がやり返しますから覚悟しておいて下さい!」って言っておきました。

私の所為で、七海さんの相撲のスタイルが変わってしまうのは心苦しいです。

それに七海さんの処分は、私が受け身を取れなかったことにも責任があると思うのです……。

七海さんは何処か安心したような表情を見せた後、

いつも通り私に「ああ、やってごらんなさいよ、またぴーぴー泣かしてあげるから」と憎まれ口を言って自分も支度に向かいました。



みんなが声を掛けてくれる中でも一番私のことを心配してくれたのは、今日の対戦相手の「木下 桃」ちゃんでした。

桃ちゃんは今高校一年生の、私の幼馴染です。

身長が163センチ、体重47キロ、スリーサイズは86、59、88です。

ショートカットであどけなさも残りますが、ちょっとボーイッシュな子。

今、前頭15枚目で私の後を追うようにこの世界に飛び込んできた子です。

私との因縁はわんぱく相撲に出場していたときから続いています。

その頃からの戦績を含めると私の三十二勝十三敗。

私が優勢ですが、お互い左四つが得意でとても手が合います。

今までとった相撲はどれも長い長期戦ばかりです。

ただし桃ちゃんは左下手の投げが得意で、右上手を欲しがる私とはちょっと違います。

桃ちゃんはここまで二勝五敗と不調です。

左下手を封じ込まれているのが原因なのですが、

桃ちゃんにしてみれば三連敗と調子を落としている私に勝って、逆に自分が波に乗りたいところな筈です。

ですが、それ以上に桃ちゃんは優しい子です。

だから本来は顔を合わせてはいけない今日の対戦相手である私に会いに来てしまったんです。

私はもう大丈夫なことをちゃんと説明した上で、正々堂々と闘う事を桃ちゃんと約束しました。



呼び出しを受けて土俵に上がります。

お互い木綿の白いマワシです。

塵を切る姿を見ると、やっぱり緊張を隠せません。

私は自分より強い人に向かっていくのは気が楽なのですが、

自分と同じくらいとか自分より下のレベルの子が、私に挑む形で向かってこられるほうが苦手です。

本来、負けて元々だから全力でと考えるのが私の性格なのですが、

相手の子が何処まで強くなったんだろうって考えると、やっぱりドキドキしてきちゃうんです。

最初の仕切り。

蹲踞をして向かい合い、互いにゆっくりと構えを取ります。

私と桃ちゃんはいきなり息が合っています。

多分一気にいけると思いますが、ここは私が間合いを外しました。

どうやら桃ちゃんも私のことを研究してきたようで、私の間合いを上手く潰してきます。

今立ち上がったら、私が不利だったでしょう。

二度目の仕切り。

ここも私と桃ちゃんは呼吸を合わせています。

お互いいつでも飛び出せる状態ですが、ここは桃ちゃんが嫌いました。

今の呼吸なら私の方が優位だった様です。

最後の仕切り。

私と桃ちゃんはたくさん塩を撒きました。

お互い気合い充分、今日も長期戦になりそうです。

「……手を下ろして、待ったなし……」

私と桃ちゃんはサガリを分けて蹲踞をして、それからゆっくりとお互い手を下ろします。

お互い右手をつけて左手を浮かした状態。

私は両肩にピリッとした感覚を覚えます。

「はっけよいっ!!」

同時に私と桃ちゃんは立ち上がりました。

バシッという衝撃音と同時に、仕切り線の真上でがっちりと組み合いました。

いきなり胸を合わせたがっぷり左四つ。

真っ向勝負です。

「くっ……」

「んっ……」

私と桃ちゃんはしっかりと腰を引いてお互い出方を探ります。

お互い得意の右上手と左下手を引いていますから、早々に動く事は出来ません。

ですが、先程から私は両足と腰にビリビリとした感覚が走り、桃ちゃんの攻めを感じています。

「ノコッタノコッタノコーッタ! ノコッタノコッタノコーッタ!」

「ふっ……んっ……くっ……」

「……んっ……ふっ……んっ……」

立ち位置はほとんど変わりませんが、先程から激しい崩しあいです。

互いに腰を落としているため大技に入れず、何度も身体を揺するように崩しを仕掛け、そのたびにお尻を振って崩しを封じます。

安易に前に出れば待っているのは桃ちゃん必殺の左下手投げです。

桃ちゃんも安易に攻めれば待っているのは私の右上手投げ。

お互い先に動けば不利な以上、ここはじっくりと行くしかありません。

ですが、私も桃ちゃんも絶えず崩しを仕掛け続けます。

影響で足の位置が多少変わる程度の攻防ですが、それでも外見には随分と激しい仕掛けあいに見えているようで、

行事さんの囃しがいいテンポで繰り返されます。

「ノコッタノコッタノコーッタ! ノコッタノコッタノコーッタ!」

「はぁ、はぁ、はっ! くっ!」

「はぁ、はぁ、あっ! うんっ!」

私も桃ちゃんも大分息が上がってきましたが、腰の位置はまだまだ深いままです。

私も粘り腰が身についてきましたが、桃ちゃんの腰も随分強くなったようです。

激しい崩しあいにマワシが緩んだのが、私と桃ちゃんのサガリが落ちてしまいました。

ですが、私も桃ちゃんも休まず崩し合いを続けます。

「ノコッタノコッタノコーッタ!! ノコッタノコッタノコーッタ!!」

「くっ! このっ…はぁ、はぁ……うんっ!」

「はぁ、はぁ、あっ……くっ……ふっ! うんっ!」
行司さんが素早くサガリを回収しました。

私と桃ちゃんも大分疲労の色が濃くなり、腰の位置が少しずつ高くなってきました。

そろそろ、頃合です。

「せいっ! やあっ!!」

「うくっ!! あくっ!!」

私の下手の崩しからの上手投げ。

しかし桃ちゃんは私と胸を合わせたまま足を運び、私の上手投げを防ぎました。

次の瞬間、左足と右のお尻側がビリッとします。

「えいっ!!」

「おっと!!」

桃ちゃんの右上手を放しながらの下手投げ。

決着を狙ったようでしたが、私も足を運んで桃ちゃんの下手投げを封じます。

決まらなかったと判断した桃ちゃんは、素早く態勢を戻し上手を引きなおして腰を落とします。

今日の流れはまだ互角のようです。

油断できません。

「やっ!!」

「うくっ!」

私は桃ちゃんの動きを探りながら、もう一度右の上手投げと左の下手捻りを合わせて仕掛けます。

ですが、これも桃ちゃんは必死に踏ん張って防ぎました。

次の瞬間、また私の右側のお尻と左足がビリッとします。

ですが、今度は左足の太ももが一番ビリッとしています。

桃ちゃん、何か狙っている!?

「…ふっ!! やああっ!!」

「…くっ!! …うわあああっ!?」

桃ちゃんの下手投げ。

それを防いだ私の左足をとっての大股です!

私は文字通り大股開きで一瞬宙に浮いてしまいます!

やばいっ!!

「このっ!!」

「きゃっ!?」

ビリビリのおかげで多少この技への変化を予期出来ていた私は、桃ちゃんの頭を思いっきりはたき込みます。

態勢が崩れた桃ちゃんは大股をやめて踏ん張り、私は髪一重で残れました。

そしてまた左四つに組み合います。

「はー、はー、はー、はー……」

「ぜー、はー、ぜー、ぜー……」

激しい息を繰り返す私と桃ちゃん。

激しい運動があったことより、もうちょっとで負けそうになった事で心臓がドキドキしています。

「よぉい、はっけよぉい……」

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
行司さんが囃しますが、まずは落ち着くことが先決です。

私は立ち位置を把握します。

今の攻防で立ち位置は東の土俵際。

ただし、私の左側が土俵際です。

強引に投げれて態勢が崩せれば土俵際を背負わせる事が可能ですが、失敗すれば当然絶体絶命です。

それならば、最後の技は一つに賭けた方がいいような気がします。

それに、ここまで来たら、桃ちゃんとは真っ向勝負じゃなきゃ気がすみません。

私の右側のお尻と左足、そして右足がビリッとしました。

「……やああああっ!!」

「……せりゃあああっ!!」

私と桃ちゃんは同時に仕掛けました。

桃ちゃんは右上手を、私は左下手を捨て、体を開いての上手投げと下手投げの打ち合いです。

ですが、桃ちゃんが仕掛けたのは私を投げ飛ばす為に下手掛け投げです。

私は足を自分から跳ね上げ、桃ちゃんの足を透かしつつ上手投げで倒そうと力を入れます。

「こんのぉぉっ!!」

「だあああっ!!」

私と桃ちゃんの身体が大きく傾きます。

「きゃんっ!!」

「あうっ!!」

投げを打ち合った私と桃ちゃんは、ほぼ同時に土俵下に落下してしまいました。

「い、いたたた……」

「いっつぅ〜……」
私と桃ちゃんは土下で折り重なっていました。

下にいるのは……私でした……。

どうやら態勢を崩した際に桃ちゃんの掛け投げが僅かに私の上手投げを上回ったようです。

私は肩胛骨の辺りから落ち、桃ちゃんは顔面から土俵下に落ちてしまったようです。

軍配は当然、桃ちゃんに差されています。

「やったぁ〜〜!」

ぎりぎりの勝負に勝った桃ちゃんは渾身のガッツポーズです。

「やられたぁ……」

当然私は落胆します。

髪一重で桃ちゃんが私を上回ったんです。

私と桃ちゃんは土俵に戻ると一礼して分かれました。

桃ちゃんは堂々と勝ち名乗りを受け手刀を切ります。

私に「どんなもんだい!」と勝ち誇っているようです。

私は少し心地よい悔しさを覚えて「覚えてなさいよ……」と桃ちゃんを睨んでいましたが、ふと気付いていました。



「桃ちゃん、鼻血鼻血!」

「あ……」



渡邉しずかの戦




八日目終了 三勝五敗



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