隠相撲 九日目
中日を過ぎ、私の成績は三勝五敗。
いかに相手が悪かったのもあるとは言え、四連敗はちょっとまずいです。
勝負に勢い、運気に流れがあるように、連敗している流れは自分で断ち切らないとそのまま負けグセが染み付いてしまうんです。
俗に言うスランプって言うやつです。
流れを断ち切るにはとにかく良い形で勝たなければいけません。
私は支度部屋で準備を終えると、柔軟や四股、鉄砲で身体を温めた後、胡坐を組んで目を瞑り集中を高めていきます。
決して相撲の内容が悪い訳ではないんです。
ならば最後に足りないものは何か……。
それは多分、勝利への執着心です。
遮二無二になって自分のスタイルも捨てて勝ちを取ろうとすれば、きっと連敗は脱出できます。
ですが、それはしちゃいけないんです。
隠相撲はプロスポーツじゃありません。
言ってみればインディーの相撲団体みたいなものです。
だからと言って観客のために相撲を取る事は無く、あくまで真剣勝負の世界です。
ここに来る女性は、みんな相撲が大好きで、相撲を楽しみたい人たちしかいません。
だからここでの勝ち負けの前提には、お互いが納得できる決着を着けることが前提です。
だから、隠相撲では真っ向からぶつかり合い、組み合い押し合う相撲が多いんです。
そんな中で、手段を選ばず得る勝ち星にどれだけの価値があるのでしょう?
……私は、そんな勝ち星を拾いたくはありません。
そうです。
勝ち星は拾うものじゃなくて、勝ち得るものなんです!
「よしっ!!」
私は気合いを入れて花道へと向かいました。
今日の相手は「相馬 めぐみ」さん。
私より一学年上の高校三年生の18歳、現在前頭10枚目です。
身長が158センチ、体重が47キロ、スリーサイズは80.52.85と小柄です。
隠相撲では身長制限は148センチ以上となっているため、実はめぐみさん位の身長が下位では標準なんです。
めぐみさんの得意技は肩透かしや引き落としに代表される引き技です。
攻めるにせよ守るにせよ、タイミングを読まれバランスを崩されたらあっという間に土俵に転ばされてしまいます。
めぐみさんのスタイルは、相手の組み手を封じ込み、じれたところを一瞬で引いて転がす、
言ってみれば“必殺仕事人”みたいなスタイルです。
今までの私との対戦成績は私の六勝八敗。
私がマワシを引いたら強さを発揮して、私のマワシを防いでいたらめぐみさんが有利です。
ここまでのめぐみさんは六勝ニ敗といいペースです。
四連敗と調子を落とした私としては、勢いでは完全に負けています。
とにかく、めぐみさんの動きを良く見て組み合う事がポイントになります。
呼び出しを受けて私とめぐみさんが土俵で向かい合います。
まずは最初の仕切りです。
お互いゆっくりと構えますが、まだ息はバラバラです。
ここで立ち上がるのは無理のようで、私はすっと腰を上げました。
ですが、今の仕切りでは、めぐみさんがわざと呼吸の間を外していたように感じました。
二度目の仕切り。
今度はめぐみさんが呼吸を合わせる暇さえ与えず、仕切り線にちょっと触れただけで立ち上がってしまいます。
やっぱりめぐみさんは何かを狙っているみたいです。
最後の仕切り。
今までの私ならめぐみさんの間合いに動揺していたでしょうが、今はひたすら落ち着いています。
なぜなら、何処を攻められるかは、ビリッが教えてくれるからです。
塩を撒いて土俵中央へ。
「待ったなし……」
私とめぐみさんがサガリを分けてゆっくりと構えます。
ビリッとした感覚は、私の左側の背中に感じる……と、言う事は……。
「…はっけよい!!」
私とめぐみさんが同時に立ち上がります。
「ふっ!」
けど、めぐみさんは立ち上がると同時に大きく跳んでいます。
相撲の立会いの奇襲、八双跳びです。
「やああっ!」
これは私が読みきっています。
「うあっ!?」
私はめぐみさんが跳んだ方向に合わせてぶちかまし、めぐみさんの態勢を大きく崩します。
「ふっ!!」
「くっ!!」
さらに私が攻め込もうと前進するとめぐみさんは素早く態勢を整え、私の胸を押す形で組み止めます。
ですが、私も得意の右上手を引きました。
左ケンカ胸四つです。
私はめぐみさんに崩されないようにしっかりと重心をキープしたまま、めぐみさんの胸をもみ始めます。
「くっ……」
めぐみさんが苦しそうに声を漏らしました。
どうやらめぐみさんはペースをつかめず、思い通りの相撲が取れていないみたいです。
仕掛けるつもりもないのか、全然ビリッもありません。
「ノコッタノコッタノコッタ!!」
「えいっ!」
「くぅっ!」
それなら、まずは私が攻め手です。
私は枝里子さん譲りの胸捻りでめぐみさんを崩そうとします。
ですが、めぐみさんは足を踏ん張って耐えます。
まだビリッはありません。
続いて私はめぐみさんの胸を押し上げながらの寄りに出ます。
「うんっ!」
「くぅっ……」
ここでもめぐみさんは苦しそうな声を漏らします。
まだビリッはありません。
私はめぐみさんの胸を放すと、左下手でめぐみさんの前褌を奪いました。
めぐみさんの引き技を封じる為です。
引き技は必ず相手との間合いを置かなければ意味がありません。
この組み手なら、私が圧倒的に有利です。
めぐみさんは何とか挽回しようと身体を起こします。
その瞬間、頭がピリッとしました。
「このっ!」
「ふんっ!」
めぐみさんの右手でのはたき込み。
ですが、私にマワシを引かれた上体では威力半減です。
私はめぐみさんに身体を密着させる事ではたき込みを封殺。
逆に寄りでめぐみさんを攻め込みます。
「くうっ!」
「んっ……」
めぐみさんは慌てて私の右上手を奪い再び左四つにして私の寄りを食い止めます。
まだ勝負どころでは無いと感じて、私は大人しく腰を落としました。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「はぁ……はぁ……はぁ……」
めぐみさんは既に息を上げていますが、私はまだ余裕があります。
今日の私は不思議なほど冷静です。
ビリッのおかげかもしれませんが、めぐみさんの動きが全て読みきれるんです。
「はっけよーい……」
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「……はぁ……はぁ……はぁ……」
互いに動かずがっぷり四つの膠着が続きます。
私はめぐみさんの引き技の対策で動かず、めぐみさんは引き技を使う為に私の仕掛けを待って動かず。
互いに先を読みあっての膠着です。
「よーい、はっけよーい……」
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「……はぁ……はぁ……」
先に動いた方が負ける。
まさにそんな間合いで私とめぐみさんの膠着が続きます。
ここままでは決着が着きません。
(あれ……?)
唐突に、あまりに自然と、ふとしたイメージが頭の中に湧きました。
そうです……相手がこちらの先手を返すつもりなら、こっちがその一手を封じ込めばこちらが優勢になります。
「やあっ!!」
「くっ……」
私は意を決して左から左の下手投げを打ちます。
当然ここはめぐみさんも防ぎます。
この後です……。
予想通り、私の身体中がビリビリッてしました。
きたっ!!
「せいっ……やああっ!!」
めぐみさんは私の右上手をかいなで切ると、絶妙のタイミングで必殺の肩透かしを仕掛けました。
私の身体が大きく泳ぎます。
ですが、同時に私の右足も素早く動いています。
「くぅぅっ!!」
私は完全にすかされた状態から、まるでコマの様に回転して、めぐみさんの正面に残りました。
「なっ!?」
めぐみさんは私の見た事も無い動きに驚いて、動きを止めています。
大チャンスです!!
私はまず左手でめぐみさんの右腕を捕らえ、身体を低くしてめぐみさんの右脇に頭を差し込みました。
更に右手でめぐみさんの右足を捕らえ、一気に持ち上げ肩車します。
「うああっ!?」
めぐみさんが悲鳴を上げてもがこうとしますが、既に手遅れです!
私はそのまま後ろに倒れ込みます!
「たあああっ!!」
「あぐぅっ!!」
めぐみさんが背中から土俵に叩き付けられ悲鳴を上げました。
「勝負あった!!」
行司さんが私に軍配を上げます。
この勝負、撞木反りで私の完勝です!
「ふぅ……上手くいったぁ……」
完勝とはいえ、肩透かしのときにあんなに凄いスピードで回転するとは、私自身思っていなかったのでちょっとドキドキです。
「こ、こんな……ばかな……」
私に完敗を喫しためぐみさんは茫然自失です。
自分の必殺の肩透かしを真っ向から破られたのですから、それも当然です。
「はぁ……はぁ……私の、勝ちですね……」
先に立ち上がった私は、めぐみさんに手を差し伸べました。
めぐみさんは、諦めたようにため息を付くと、ちょっと痛いくらいの勢いで私の手を握りました。
「今回だけよ!」
私とめぐみさんは一礼をして、私は勝ち名乗りを受けます。
めぐみさんは「あんな動きをされたら脱帽するしかないね」といった表情です。
私はしっかりと手刀を切りました。
「ここから、挽回しますっ!」
渡邉 しずかの戦績
九日目終了 四勝五敗
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