「お願します……」



「こちらこそ……」



月葉と瑠璃子がしっかりと握手をしてコーナーに分かれる。



「ファイト!!」



悠里が合図して瑠璃子と月葉が同時に動き始めた。



突進はせず、互いに間合いの計りあい。



瑠璃子は打撃を構えられるような距離からの接近は避けたい。



とにかく相撲の呼吸と間合いにと、瑠璃子は中腰でゆっくりと移動する。



打撃は使えるにせよ悠里のように一撃必殺とは行かないのだが、



自分のファイトスタイルが漏洩していないのは月葉にとって吉。



とにかく、組み技から関節技までの一連の流れに全てがかかる。



「……ふっ!!」



「…………くっ!!」



先に仕掛けたのは瑠璃子。



低い態勢からのぶちかましで月葉に接近。



打撃の隙を与えない。



しかし、月葉も打撃は狙っておらず、



ぶちかましにきた瑠璃子を腰を落としてしっかり組み止め、右を差した。



態勢としては右四つ。



瑠璃子も月葉も遠慮なくブルマーをマワシ代わりにしている。



「うっ……くっ……」



「んっ……うっ……」



ロープに押し込まれたら負けてしまうルールが二人の動きを止めた。



俵が無い以上、最後の踏ん張りをするのは非常に難しい。



更に両方とも組んだ瞬間にしっかりと腰を落としている。



両差しなら前に出れるが、五分の組み手では逆転される可能性が高い。



「ふっ!! ……くっ……はっ!! やっ!!」



「……うくっ……このっ!! あっ……くぅっ……」



しかし、この姿勢は相撲で瑠璃子が一番得意としている態勢。



ねじり込むような崩しに月葉が苦しそうな表情を浮かべている。



しかし、なかなか腰は重く、瑠璃子も思うようにせめていけない。



寄りを警戒して月葉はしっかりと腰を引いている。



大して逃がさないように瑠璃子は引きつけている。



互いにジリジリと体力を消耗し始めている。



瑠璃子が崩し月葉がこらえる展開が続いていたが、



やがて月葉の腰が、瑠璃子の引き付けに負けて高くなり始めた。



この隙を瑠璃子は逃がさない。



「はぁ、はぁ、はぁ……せやあああっ!!」



「はぁ、はぁ、はぁ……ああっ!? ……・あうっ!!」



瑠璃子の必殺、左の上手投げ。



月葉は耐え切れず綺麗に一回転をして、リングに叩きつけられてしまう。



「よしっ……」



転がった月葉を押さえ込もうと瑠璃子が追撃に向かう。



「させませんっ!!」



「あっ!?」



しかしここは月葉の反応が早い。



一瞬で態勢を立て直し、組もうとしてきた瑠璃子の右腕を挟むと、強引に引き倒す。



「くああああああっ!!!」



完璧な腕ひしぎ逆十字固め。



瑠璃子の腕が完全に伸びきった。



「タップして下さい! 折れますよ!」



「ああああああっ!!」



瑠璃子は意地でタップをしない。



伸びきった腕は懸命に握り拳を作って、少しでも痛みを減らそうとしている。



月葉も勝機を逃すわけには行かないと、更に締め上げる。



「月葉ちゃん、ストップ!!」



ここでようやく悠里が止めた。



レフェリーストップで月葉の勝利だ。



「はぁ、はぁ、はぁ……」



「はぁ、はぁ、はぁ……」



ゆっくり技を解く月葉と、極められた腕を痛そうに押さえる瑠璃子。



結果として相撲部の惨敗だ。



「ありがとうございました」



月葉が深々と頭を下げた。



「腰が少し浮いただけだったのに、あんなに簡単に転がされるとは思いませんでした。



 当たり前ですけど、相撲も奥が深いですね」



そう言って笑顔を見せる月葉には、相手を貶めようとする意識は感じられない。



瑠璃子は観念したように息を吐いた。



「……こちらは完敗ね。倒せてもその後が続かなきゃ意味はないもの」



そう言って痛む右手を差し出した。



月葉は気遣いながらそっと握り返した。



「うんうん、なかなか高度な試合だったね」



一人間近で観戦していた悠里が拍手をすると、



メンバーや見学者からも拍手が送られた。



瑠璃子は苦笑いをしながら服を直すと、ゆっくりとリングを降りた。



桃は未だに呆然としている。



「ねぇ、先輩! もう一度挑戦します?」



「…………っ!!」



リングの上から悠里が誘うが、桃は直ぐに視線を反らし、



走ってプレハブから出て行ってしまった。



「桃ちゃん!!」



瑠璃子も慌てて後を追おうとする。



「ねぇ、瑠璃子ちゃん先輩!! 桃ちゃん先輩に言っておいて!!



 ケンカならいくらでも買うよって!! それと相撲だけならいい勝負かもねって!!」



「悠里さん!! そんな言い方はひどいです!!」



「…………いいわ……伝えておく……」



「よろしく〜」



悠里は気楽に手を振る。



瑠璃子は改めて悠里の怖さを垣間見た気がした。



リングの上に立つ彼女は、存在そのものが違う。



瑠璃子は急ぎ桃を追いかけた。











「会長、何であんなことを言ったんです?」



「ん? あんなことって?」



桃と瑠璃子が去った後の同好会。



基礎トレーニングを終えた面々は、基礎的な技の練習に移り、



ようやく一日の練習が終わったときだった。



新しく入ったメンバーの一人、飯田ほのかが悠里に尋ねた。



身体は大きく悠里よりも10cm上背が高い。



もしかしたらモデルでも通用しそうなほのかは、バレー部を蹴っての入会だ。



他のメンバーも興味津々と言った様子で悠里を見ている。



「……あたし、これでも会長のファン歴長いです。



 でも、会長はいつもはちゃめちゃでもクリーンファイトが信条ですよね。



 なのに、あの先輩たちには何で……あんな言い方を?」



悠里は少し首を傾げる。



「う〜んとね、理由は二つ。



 一つは、桃ちゃん先輩が許せなかったから。



 もう一つは、相撲の闘い方をもっと考えて欲しかったから」



「……どういうことでしょう?」



「む〜と、む〜と…………月葉ちゃん、パス!」



「え、えぇっ!?」



いきなり話を振られた月葉はまた右往左往。



しかし、悠里では確かに説明が無理と感じ、



悠里の考えを言葉に纏めてみる事にする。



「つ、つまりですね、悠里さんはケンカではなく競い合いをしたいわけです。



 それが木下先輩は自分の思い込みの面子だけを賭けて、



 自分の信条である相撲で闘おうと考えてきていなかった。



 木下先輩は結果如何ではなく、自分の信じる戦い方で挑むべきだったんです。



 ところが木下先輩は相撲ではなく、ただのケンカスタイルになってしまった。



 だから悠里さんは怒って、自分もプロレスを捨てて、



 相手に一切付き合わない総合スタイルに変えたんです」



「うんうん」



悠里が納得いったようにコクコク。



「あの挑発については、総合のような場合、相撲は如何にして闘うべきかを考えて欲しかったんです。



 相撲は決して弱い武術ではありません。ただ失われているだけなんです。



 確かにルールに凝り固まった場では役に立たないかも知れません。



 相撲の妙は突進で相手の間合いを潰し、間合いが無い状態からの攻撃展開にあります。



 つまり工夫さえすれば最上の攻撃方法になる可能性もあるんです」



「「へぇ〜へぇ〜へぇ〜へぇ〜」」



悠里を含めて全員が合点がいったようにあらぬところを叩いている。



「なんで悠里さんまでやっているんですか!」



「月葉ちゃん、56へぇなので補足をお願します」



「今していました!!」



コントそのものの展開で、今日の同好会はお開きになった。











桃は電気の落とされた相撲上で一人佇んでいた。



「桃ちゃん……」



「…………」



瑠璃子が声を掛けても何も答えられない。



「…………負けちゃったね…………」



瑠璃子は柱に手をかける。



何度もツッパリを打ち込む鉄砲も役に立たなかった。



無力感が二人の心に降りてくる。



「……瑠璃ちゃん……」



「……なに?」



「…………・あたし……・今まで……何してきたんだろう……・」



「……・桃ちゃん……・」



「……ずっと頑張ってきたのに……あたしはこんなに弱い…………



 …………相撲なんて…………やる意味あるのかな?」



桃の声が震えている。



悔しくて悔しくて、歯を食いしばっていなければ泣き叫びそうだった。



「………………」



瑠璃子には、桃の言葉に返す言葉がなかった。











……・相撲は、本当に強くなれるのだろうか?











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