相撲の力 3−1







桃と瑠璃子が敗北してから1週間。



隠相撲の会場では、5月場所前に鍛錬に打ち込む女力士で溢れていた。



土俵の上で何度もぶつかり稽古を繰り返すライバルたちを横目に、



桃と瑠璃子は四股を踏むばかりで、動き出す事が出来なかった。







「桃ちゃん! 瑠璃ちゃん!」



聞きなれたライバルの声に二人はビクリと身体を硬直させた。



「どうしたのよ、二人して。もっと稽古しないと強くなれないよ」



近寄ってきたのは自分たちより一つ上の先輩で、



この一年で一気に大関まで上り詰めた渡邊静香だった。



彼女は此処最近で一気に身体が大きくなり、



168センチ、62キロで既に最強の横綱隆美と見比べても見劣りしない。



今でも桃や瑠璃子との取組では接戦になるものの、



最後の最後ではいつも静香の勝ちだった。



「……その……今日は調子が悪いから……調整だけで……」



「……私もちょっと体調が悪いので……・」



桃と瑠璃子は居心地を悪さを隠せない。



「…………ふ〜ん……・」



二人の煮え切らない態度に静香は何かを感じ取ったのか、



少し怖いくらいに睨みつける。



「……何があった?」



腕を組んで二人を上から見下ろすような態度での言葉。



大関の貫禄が付いたのか、物凄い威圧感がある。



しかも優しい尋ね方ではなくて、少し脅かすような言い方。



有無を言わせないつもりだ。



「……・・ちょっと……静香ちゃんには関係ないよ…………」



「……学校で……少し揉めただけですから…………」



「あっそ。じゃあ、土俵に上がりなよ。



 土俵の上と、学校とは全然関係ないでしょ?」



「…………だから…………調子が悪いって……・」



「調子が悪いのは揉めたからでしょ? それと相撲の何の関係があるの?」



「……いえない……」



「…………」



歯切れの悪い二人にとうとう静香の堪忍袋の尾が切れてしまう。



「ふざけないで! そんな腑抜けた根性で闘えるわけないじゃない!



 来なさい! 徹底的にもんであげる!!」



そういうなり、二人の腕を掴んで土俵に向かった。







桃と瑠璃子の動きは格段に悪くなっていた。



何度ぶつかっても静香を身動ぎすらさせられない。



静香がはたいただけで土俵に転がってしまう。



土塗れ、泥まみれになっても全くいつもの動きを取り戻せない。



「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……・・」



桃は遂に立ち上がることすら出来なくなり、



土俵に這い蹲ってしまう。



ガッツだけは誰よりもあると評されていた桃の、



初めて見せる弱い姿だった。



「どうした!? これで終わりか!?」



「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」



静香に叱咤されても答えることすら出来ない。



心と身体があべこべになっているような感じで、



力の入れ方を忘れてしまったかのようだ。



「……もういい!! 次、瑠璃ちゃん!!」



「……はいっ!!」



静香は敢えて厳しく桃を見限った。



桃は土俵から降り、ぐったりと這い蹲ってしまった。



桃に対して、瑠璃子は静香にぶつかっているうちに少しは気迫が戻ってきていた。



それでもまだ身体の動きにいつものキレがなく、



静香相手に何度も土俵に転がっていく。



しかし、尻上りに気迫が戻っていくにつれ、動きにも力強さが戻ってきていた。



「……静香ちゃんはすっかり大関の風格ね……」



「ああいうシゴキはアタシたちの仕事なんだけどネ。



 ま、本人にもいい経験になるヨ」



すぐ近くに気配を感じ桃は顔を起こす。



そこには二代横綱、隆美とエリカが仁王立ちしていた。



邪魔になってはいけないと、桃は何とか身体を起こし横にずれようとする。



しかし、その首根っこをエリカにわし掴みにされると、強引に顔を上げさせらる。



「で、桃はこんなところで何しているんダ?



 今日は匍匐前進の訓練でもしているのカ?」



エリカも桃の腑抜けた様子を見ていたからか、相当ご立腹のようだ。



「アタシは別にえこひいきなんてするつもりは無いヨ。



 けどな、大事な後輩が腑抜けていたらヤキでも入れてやらなきゃいかんのヨ」



「………………すいません……」



エリカに問い詰められても尚、桃はそう搾り出すのがやっとだった。



エリカは大きくため息を付くと、桃を開放し激しい申し合いが続く土俵へ向かった。



相撲のしごきで吹っ切れないのであれば、自分の出る幕はない。



静香に続いてエリカにまで見限られ、桃はまた俯いてしまう。



「……どうやら、重症のようね」



隆美が困ったように桃の隣に胡坐をかく。



「瑠璃ちゃんは頑張って調子を戻してくれているみたいだけど、



 桃ちゃんはああやって熱血系で解決できなさそう?」



「……はい……」



「それは話して楽になる? それとも苦しくなる?」



「…………わかりません…………」



「なら、まずは話してくれるかな。全部それからよ」



桃はゆっくりと隆美を見上げた。



隆美は桃を見ずに土俵を見ていた。



桃が誘われるようにみてみると、完全に疲弊しても尚静香に立ち向かい、



エリカに叱咤されて必死に根性を見せている瑠璃子の姿があった。



自分の一番の親友でライバルの姿に、桃は感情を抑えきれず声を出して泣き始めた。







どうすればいいのか、本当に分からない。















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