相撲の力 3−2



「なるほど……プロレスラーの子に完敗したのがショックなわけね」



「……はい……・」



支度部屋でまだマワシ姿のまま、隆美が頷いた。



桃の周りには瑠璃子に、横綱のエリカ、友人として静香と関脇になった静音もいる。



隆美が桃を支度部屋に連行し、話に参加させたほうが良いと思われるメンバーを揃えたのだ。



「その新入生のプロレスラーって誰なの?」



静音が眉を顰める。



最近の女子レスラーといえば、半端な身体に半端な技、半端な容姿に半端な試合展開と、



いいとこ無しの作られたレスラーが大半のはずだ。



ずっと鍛え続けている桃が、そう簡単に負けるとは思えない。



「…………」



桃は名前を言うのもはばかられるようなので、代わりに瑠璃子が話す。



「……高村悠里という子です。知っていますか?」



「…………タカムラ……? ユーリ…………あっ、あの子ダ……・」



エリカは少し思い当たる節があるようだ。



「なるほど……高村悠里ちゃんか……。あの子じゃ相手が悪いわね……」



隆美も同じらしい。



静香が首を傾げる



「隆美さんもエリカさんも知っているんですか?



 あたしはプロレス雑誌にたまに出るくらいで、名前くらいしか知らないんですけど……」



「知ってるも何も、アタシも隆美もその筋で何回か闘った事あるヨ」



「ええ。破天荒だけど底抜けに明るい子で可愛いのよね」



エリカは少し苦笑いを浮かべ、隆美は可笑しそうに笑った。



「……その筋?」



静音が首をかしげ、横綱二人に白い目を向ける。



二人がプロレスデビューをしていると言う話はない。



此処以外にもいかがわしい場所があるということか。



静音の視線に気付いた隆美は「今度連れて行ってあげる」というと、



改めて桃と向き合った。



「桃ちゃん……あの子に勝つのは簡単。



 弱点が分かりやすいし、誰にでもつける弱点よ。



 でも総合やプロレスで挑むなら、まずは桃ちゃんが楽しまなきゃダメ。



 あの子は鏡みたいな子よ。



 桃ちゃんが楽しめばあの子も楽しむし、



 桃ちゃんがあの子を憎めば、あの子も桃ちゃんを憎む。



 特にあの子は気持ちの持ちようで強くも弱くもなるから、



 純粋な気持ちで向き合わなきゃ、まともに闘う事すら出来ないわ」



隆美の言葉に桃はハッとする。



確かに悠里に対して対抗心や嫉妬心で、純粋に向き合えていない部分がある。



そんな気持ちで闘おうとする時点で、力士として失格だ。



「…………相撲を汚したのは…………私なんですね……・」



「反省すればそれでいいだロ。次からはちゃんと闘えばいいだしナ」



エリカが桃の頭を乱暴にがしがしと撫で回した。



桃も話してもらい少し気が楽になったのを感じる。



「で、隆美さんとエリカさんは、その悠里って子とどうだったんですか?」



「……あんた、空気読みなさいよ……・」



静音の無神経な話の振り方に静香が頭を抱える。



しかし隆美は穏やかに笑う。



「あたしはプロレスでも相撲でもちゃんと勝ったわよ。



 たっぷりと楽しませてもらったけどね。



 ま、どこかの誰かさんは、両方とも負けたけど……」



「うるさいナ! 負けた倍は勝っているんだからいいだロ!



 大体隆美だってプロレスは負ける寸前で、あの子の弱点つくじゃないカ!」



軽口のケンカを始めてしまった隆美とエリカだが、



桃たちには二人の横綱が苦戦していると認めている方が驚きだ。



「つまり、その悠里って子は、お二人レベルの力があると?」



静香が二人のケンカを仲裁がてら話をとめる。



とはいえ、静香もエリカが負けたことがあることには驚きを隠せないようだ。



「そうねぇ……少なくとも、ここにいるみんなが苦戦するでしょうね。



 あの子は勝ち負けに執着していなくて、勝負の内容に執着する節があるの。



 だから、こっちがじっくり攻めるとあの子も長期戦にスイッチするし、



 こっちが短期決戦で決めようとすると、あの子も順応しちゃう感じかな」



「……とんでもない子ですね……」



静音が呆れたように呟いた。



相手に合わせて闘うなど、相当なキャリアがないと出来ないはずだ。



「ただ、短期決戦はお勧めできないナ。



 ユーリはトップギアに行くと桁違いに速いし、



 軽量の割にみょーに頑丈に出来ているから、



 必殺技を凌がれた後の反撃は相当きついゼ」



自分の苦い経験と合わせているのか、エリカは一人でうんうんと頷いている。



「……あの、相談ついでに……もう一ついいですか?」



「ええ、いいわよ」



「……相撲って……本当に強くなれるんですか?



桃の一番ネックになっていることろ。



それは自分の相撲が全く通用しなかったことだ。



このまま続けて本当に強くなれるのか、不安になってしまったということだ。



「……うん、難しい質問ね……」



隆美はそう答えながらも口元は微笑んでいる。



相撲をしているものなら誰しも一度は考えることだろう。



「単純に言えば、闘い方によるんだよナ。



 餅は餅屋っていうやつダ」



エリカは相変わらず桃の頭をわしわし撫で回している。



桃の髪型が次第に大変なことになっていくが、妙な心地良さで桃も逆らえないらしい。



「闘い方……ですか……・」



「例えばムエタイやっているやつが土俵で闘えるかって言ったら無理な話だロ?



 同じようにアタシがムエタイのリングで闘うのは無茶なんだよナ」



「……はい……でも、それじゃあの子には勝てないんじゃ……」



これは隆美が否定する。



「そうでもないわ。こちらの土俵に上がってもらえば勝負になるだろうし、



 桃ちゃんが自分で相手の土俵にあがるなら、



 ちゃんと相撲の闘い方で順応していかなきゃね」



「順応……できるんでしょうか?」



「もちろん」



隆美は自信満々の笑顔を浮かべた。



「その特訓のために、残ってもらったんだもの」







隆美は桃がすっきりと五月場所を迎えられるように、



相撲の鍛錬の意味から、どういった戦闘方法を取るべきか等まで追随して解説した。



決して狭い土俵やリングでの闘いに終始しない事、



相手に間合いを探らせるのではなく、



自ら常に攻め相手の攻撃を封じる為のぶちかまし続けること。



自分の不得手な分野で付き合わないこと。



「つまり、相撲の攻め手は、組んで投げて突き放すということね」



「えっと……それで本当に勝てますかね?」



「もちろん、諦めないだろうけど闘い自体を制することは出来ると思うわ。



 相手の間合いを潰し続ければ、攻め手が消えて攻撃できなくなるからね」



「……正論のような、何かが違うような……」



隆美の説明にいまいち納得いかず首を傾げる静音。



「確かに信じられないかもしれないけどナ、



 相手を殺さない、壊さないって闘い方としては理想だゼ」



「……確かにそうかもですけど……相手が諦めないとエンドレスですよね……」



桃もやはり納得がいかないらしい。



しかし、この戦法を既に試しているのか、隆美とエリカは妙に自信満々だ。



「そうね。相手を倒したければツッパリが一番よ。



 でも、別名は掌底っていうけどね」



「ただし、取組と違って相手を突き放すんじゃなイ。



 全体重を乗せて相手の顎を打ち抜くんダ」



「全体重を乗せて……」



桃は自分の両手を改めて見てみる。



ツッパリを得意とはしていないが、何度も鉄砲をして鍛えた腕は直線での相応に鍛えられている。



「イメージはアタシが隆美を倒した時のを思い出すといいゾ」



「……たしかに、あれが一番か……」



隆美が表情を曇らせる。











今から2年ほど前。



ちょうど、桃と瑠璃子が隠相撲に参加するようになった頃のこと。



千秋楽はいよいよ東西の二代横綱として桁違いの強さを誇っている隆美とエリカの取組。



本当に激戦で、二人の取組は一時間にも及んだ。



そして最後の瞬間は唐突だった。



三本勝負の三本目、



隆美の三角締めに力尽きそうになっていたエリカは、最後の力を振り絞って脱出。



上になられるとまずいと、隆美が慌てて立ち上がろうとしたときだった。



もう体力の限界だったエリカは、自分のツッパリに全てを託し、放つ。



強烈な張り手は、立ち上がろうとしていた隆美の顔面を捉えた。



会場中に響き渡ったパーンという音が響き渡り、



隆美は糸が切れた人形のように仰向けに倒れた。



完全に失神していた。



これによりエリカが、隆美に獲られつづけていた優勝を決めた。



エリカにとっては最上級の感触を得たツッパリ。



隆美にとっては土俵の上で初めて失神してしまった苦い思い出だ。



しかし、相撲を極めようと邁進している隆美とエリカにとって、



この一番は大きな収穫だった。







「つまりね、失われた相撲の一つの答えだったんじゃないかってことなの」



「はぁ……」



隆美の説明にまだピンと来ない桃。



「相撲は江戸時代の前、つまり戦国時代に置いては実際に戦場で使う術だったの。



 蹴り技とかもあったみたいだから、格闘技の総称が相撲だったんでしょうね。



 でも江戸時代に食い詰め浪人たちが大衆向けの興行のためにルールを決めて、



 それ以来、相撲は術ではなくなってしまったというわけ。」



「「へ〜、へ〜、へ〜、へ〜、へ〜」」



あらぬところを叩き始める一同。



「で、アタシも隆美も本当の相撲の闘い方はって研究してんのサ。



 相撲には古式の鍛錬方法が数多く残っていル。



 すり足とか四股ふみとかナ。



 確かに闘い方は”相手を土俵から出す”ということに終始しているけド、



 もしかしたらアタシたちにでも復活させられる奥義みたいなものがあったラ、



 カッコいいと思わないカ?」



「かっこいいですか……」



静香は苦笑いを浮かべた。



何ともこの二人らしい。



自分たちより大人なのに、自分たちより子供っぽいところを平然と言ってしまう。



二人が誰からも慕われるのは、この辺りなのかもしれない。



「さぁ、予備知識の説明も終わったところで、桃ちゃんの特訓に入ります」



「は、はい!」



「特訓の内容は簡単ダ。ここにいる全員に、会心の一発をぶち込んだら終わりダ」



「……え?」



「あら、聞こえなかった? 



 桃ちゃんは基本的な動きは知っているんだから、



 あとは実戦のみってことよ」



「………………」



二人の横綱の言葉に空いた口が塞がらない様子の桃。



まさに体当たりのスパルタ教育だ。



「じゃあ、まずは私から相手になりましょうか……」



苦笑いをしながら静香が進み出た。



「う、うん! よろしくお願します!」



桃も気を取り直して静香に頭を下げ、静香と向かい合う。



「…………つーか、ぶつかり稽古しているのと同じじゃないの?」



静音の突っ込みはスルーされた。















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