相撲の力 4−1
隠相撲での隆美とエリカから受けた特訓。
これは桃や瑠璃子にとって大きな収穫だった。
これまではとにかく組まなければと必死だったのが、
ツッパリや押しを有効に混ぜて、
相手を乱す戦法が取れるようになったのだ。
隠相撲とは、互いに納得するような熱い勝負をする為の場所。
ただ勝つことが目的ではない為、基本は旨を合わせた四つ相撲。
しかし、相手を乱すツッパリや張り手を取り入れ、
押し相撲が戦術として明確に混ざったことは、
この上ない強みだった。
同時にツッパリを空振りして懐に入られて負けてしまう弊害もあり、
相撲の難しさも思い知る事になったが。
隠相撲の五月場所が終わった頃、
桃と瑠璃子はいよいよ新相撲の全国大会に向けて調整が始まる。
隠相撲とは違い、一回も負けることの許されない相撲。
一度に賭ける集中力は、普段の数倍に跳ね上げなければならない。
他の運動部でも着々と成果があがっている。
新相撲部としても、負けるわけにはいかない。
そんな中、顧問が余計なことをしでかした。
プロレス同好会のメンバーに出稽古を頼んだのだ。
主戦力が桃と瑠璃子しかおらず、
また稽古相手も同じ相手ばかりではいい稽古にならないという、
顧問の言い分も分からないでもない。
しかし、よりによってプロレス同好会に依頼するとはどういうことか。
確かに桃と瑠璃子が挑んで言ったのは非公式なので、
教師の耳には入っていないかもしれない。
しかし空気の一つも読めと思ったのは、桃も瑠璃子も同じだった。
「よろしくお願いしまーす!」
元気に挨拶をして入ってきたのは同好会の女子メンバーだ。
悠里を筆頭に月葉に、バレー部を蹴った飯田ほのか、
レスリング部から移動した大野真央、元サッカー部マネージャーの宇佐見鈴。
一番大柄なのはほのか、小柄なのは真央、弱々しいのは鈴だった。
「おお、よく来てくれたね! では早速稽古に参加してくれ!」
顧問が快く迎える。
それはそうだろう。
あわよくば悠里を勧誘しようと企んでいるのだろうし。
笑顔で応対する悠里に、桃は我慢が出来なくなり早速突っかかろうとするが、
瑠璃子がすぐに制した。
「……今はまだダメ。
あたし達がやることは、今度の新相撲選手権の予選を勝ち上がること。
個人的なリベンジじゃない……」
「…………わかった……」
「それに、稽古の相手としては充分だと思うよ。
色んな相手と稽古することは、とても大切……でしょ?」
「うん」
目的を履き違えてはいけないと、桃は気持ちを切り替えた。
瑠璃子の言うとおり、今は大会向けて自分を高めていく時期。
個人的なリベンジはいつでも挑戦できるのだから。
同好会メンバー全員がマワシをつける。
瑠璃子は少なからず驚いた。
悠里と月葉の身体が出来上がっているのは承知の上だったが、
他のメンバーも相応にたくましくなっているのだ。
元々素養があったのかもしれないが、2ヶ月弱でここまで身体が作られるものなのか。
顧問が行司となり、いよいよ申し合いとなった。
「先に行くね」
そう言って進み出たのは瑠璃子だった。
悠里が直ぐに反応してパッと立ち上がる。
「ライバル対決は、後のお楽しみにしないとね」
「それはどうも」
おそらく月葉とのことを言っているのだろう。
それにしても一番目からいきなり大物との申しあい。
どうやら今日の稽古は、合宿レベルのきついものとなりそうだ。
瑠璃子は、少し気が重くなりため息をついた。
「手を付いて……はっけよいっ!!」
「せいっ!!」
「ひゅっ……しょおっ!!」
「ぐっ!?」
顧問の合図。
瑠璃子は下からのおっつけで悠里の状態を崩そうとしたが、
桃がやられた悠里の速度についていけない。
加速ロケットでもつけているような悠里の強烈なぶちかましで、
逆に瑠璃子の状態が上がってしまう。
悠里は当然、第二撃目のぶちかましを仕掛ける。
しかし、そうは問屋が卸さない。
「はっ!!」
「くっ!?」
瑠璃子の左の張り手、悠里の速度を食い止める。
このチャンスに瑠璃子は右を差しに出る。
「……っせりゃあっ!!」
「きゃっ!? あうっ!!」
まさかの返し技だった。
悠里が桁違いの反応速度で瑠璃子の右手を掴み、一気にとったりを仕掛けたのだ。
状態が起きたままだったのが仇となり、瑠璃子は呆気なく土俵に転がってしまった。
「しょ、勝負あった!!」
顧問が驚いた様子で悠里に軍配を上げる。
「くっ……」
瑠璃子は唇を噛んで頭を下げ土俵から降りる。
悠里も一礼をしてから降りた。
すると、悠里がててっと走り寄る。
「瑠璃子ちゃん先輩、ちょとちょと……」
そう言ってコソコソと耳打ちすると、
「んじゃ!」
と言ってまた戻っていってしまった。
「……そんなことまで見切られるなんて……ね……」
言いながら、瑠璃子は月葉との勝負で痛めている右腕を撫でた。
「今度はあたしが……」
桃が土俵に上がると、
「連続は無しですよ」
そう言って上がってきたのは月葉だった。
悠里よりは闘志溢れる表情をしている。
「……いいよ……すぐに大将を引きずり出す……」
今度は桃と月葉が向かい合った。
「手を付いて……はっけよい!!」
「はっ!!」
「ふっ!!」
今度は互いに真正面からのぶつかり合い。
組み手は桃の得意の左四つ。
しかし月葉もしっかりと腰を落とし、互いに万全。
「うりゃあっ!!」
「ぐうっ!!」
「せいっ!!」
「くあっ!!」
土俵の上で、二人の激しい攻防が展開される。
隠相撲であればたっぷりと時間を掛けるところだが、
大会ではどんな手段を使っても負けられない戦いが続く。
一番一番に時間を掛ける体力は無いので、
どうしても短期決戦での仕掛けあいになってしまう。
しかし桃も月葉も腰が重い。
投げを打って踏ん張り、崩しを掛けて踏ん張り、
吊りを防ぎ、寄りを防ぎ。
完全に大相撲の様相を呈してきてしまった。
だが、土俵の上に慣れているのは、やはり桃だった。
「はぁ、はぁ、おりゃあっ!!」
「はぁ、はぁ、くっあっ……」
互いに足を運んでいたほんの一瞬の隙に一気に寄りに出た。
絶妙のタイミングと位置で、
月葉は腰を引いて防ぐ事が出来ず一気に土俵際に追い込まれる。
「くっくっ……こんのぉぉっ!!」
「うくくっ……ああっ……」
瑠璃子に吊り上げられ、月葉の敗戦。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
互いに一礼をして土俵を降りる。
「次!!」
「はいっ!!」
今度土俵に上がったのは飯田ほのかだ。
「こうなると思った……」
瑠璃子はため息を付きながら2度目の土俵に上がった。
「手を付いて……はっけよい!!」
「えいっ!!」
立ち上がり、ほのかは長い手を利用してツッパリを仕掛ける。
「ふっ!! やっ!!」
「あうっ!!」
しかし、それくらいの戦法は瑠璃子も読んでいる。
ほのかの手を掻い潜り両脇を差す。
慌ててほのかも瑠璃子を組みとめるが、
瑠璃子は既に一気に寄りに出ている。
「やああああっ!!」
「くうううっ!!」
土俵際で必死に耐えるほのか。
瑠璃子も大きなほのか相手になかなか寄り切る事が出来ない。
「このっ!! このっ!!」
「くっ、あっあっ……」
膠着するかに見えたが、瑠璃子はガブリ寄りを仕掛ける。
さすがに耐え切れず、ほのかの足が土俵を割った。
「勝負あった」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「ふぅ、はぁ、ふぅ……」
二人とも息を荒くしながら土俵を降りる。
「ナイス、瑠璃ちゃん」
桃は笑顔で手を上げてハイタッチを求める。
「甘く見ないほうがいいよ……今日の稽古、絶対に苦しい」
瑠璃子はハイタッチに応じながら、真面目な表情で言った。
「トップの二人だけじゃない。他の子も相応に力がある。
足元をすくわれかねない……」
「わかった……」
桃もそれは感じている。
ほぼ連戦になる桃と瑠璃子に対し、
完全に休みながらの登場の同好会の面々。
桃でさえ、先ほどの月葉との取組で既に握力を消耗している。
油断していなくとも負ける可能性すらある。
「次、前へっ!」
「はいっ!」
稽古はまだまだ終わらない
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