相撲の力 4−2
次の登場は、一番小柄な大野真央だ。
150センチ程度くらいしかない。
上背では桃が15センチくらい高くなる。
「手を下ろして……はっけよいっ!!」
「やっ!!」
「ふっ!!」
互いに真正面からぶつかり合う。
真央が選んだ戦法は押し。
低い位置から桃の胸を頭と両手で押し上げていく。
「むんっ!!」
「あっ……」
しかし桃とて負けてはいない。
真央の前褌を右でとると、強烈な引きつけ。
真央の状態を起こし、得意の左四つに持ち込む。
「ていっ!」
桃に対し真央も組み付き、素早く左下手捻りで桃を崩そうとする。
「おっと!」
しかし桃も腰を落として封じる。
「せいっ!」
「くっうっ!!」
今度は桃の寄り。
対格差のある真央は苦しそうな声を漏らしながら後退してしまう。
「やあっ!!」
負けるものかと、真央の上手投げ。
桃の身体が泳ぐ。
「くあっ!! このっ!!」
土俵際を背負いそうになった桃だが、素早く右上手投げで反撃、
立ち位置を戻す。
「やあああっ!!」
「くぅぅっ……くはっ……」
桃の止めの寄り。
耐えようとした真央だが、そのまま寄り切られてしまった。
「勝負あった!」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
二人とも礼をして土俵を降りる。
疲弊しているのは、負けた真央よりも勝った桃のほうだ。
連続しての長丁場に、筋肉の疲労が顕著になってきた。
「くっそ……」
表情をしかめる桃。
しかし、稽古はまだまだ終わらない。
「次っ!!」
「はいっ!!」
入れ替わりで瑠璃子が立ち上がった。
今度は一番素人のはずの宇佐見鈴だ。
体格としては瑠璃子と同じ感じだ。
「手を付いて……はっけよいっ!!」
「ふっ!!」
「やっ!!」
バシンッという衝突音。
全く同時に右四つになった。
瑠璃子の組み手だ。
「くっ……」
「……んっ……」
しかし瑠璃子は少し顔をしかめる。
素人じゃない。
しっかりと腰を引き、両足で土俵を踏みしめる抜群の安定性。
桁違いのバランス感覚だ。
下手に動けば逆に不利になる。
瑠璃子はがっぷり四つの態勢でジリジリと足を進める。
隠相撲ならたっぷりと楽しみたいところだが、
今は一つでも負けない戦いをしなければいけない。
「くっ……ぐっ……」
「うっ……んっ……」
瑠璃子が綺麗なすり足なのに対し、
鈴は少し浮き足立っている感じがする。
やはり基本が完全でなければ隙は生じる。
「……そいやっ!!」
「うあっ!? きゃんっ!!」
瑠璃子のの綺麗な左下手投げ。
鈴は呆気なく一回転して土俵に転がってしまった。
「勝負あった!」
勝つには勝った瑠璃子だが、表情はかなり苦しそうだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「ふぅ、ふぅ……」
互いに一礼して土俵を降りる。
次第に追い込まれてきたのは、どうやら桃と瑠璃子の方のようだ。
「次っ!!」
「はいっ!!」
遂に、桃と悠里の一番を迎えた。
「今度は負けないから……」
「…………あたしもね……」
互いに仕切り線に拳を落とす。
「手を付いて……はっけよいっ!!」
「はっ!!」
「しょっ!!」
「うわっ!?」
立ち合い。
真っ直ぐぶちかましに出た桃を悠里が八双飛びでいなした。
大きく蹈鞴を踏む桃。
完全に無防備に。
「せいっ!! りゃあっ!!」
「うあっ!! きゃあっ!!」
桃の態勢が整う前に悠里の押しの連発。
呆気なく土俵から落とされてしまった。
「勝負あった!!」
「……くっ……」
また勝負にすらならなかった。
互いに一礼したが、桃は悔しさに唇を噛み締める。
「次っ!!」
「はいっ!!」
入れ替わりで瑠璃子と月葉が土俵に上がった。
土俵の上では瑠璃子と月葉が壮絶な吊り合いに突入している。
偶発だが互いに同時に仕掛けてしまい、引くに引けなくなったらしい。
「桃ちゃん先輩桃ちゃん先輩……」
いつの間にか、悠里が隣に来ていた。
桃が何かを言う前に耳に口を寄せる。
「自分が前に出たいからって相手も来ると思っちゃダメですよ。
多分何度か取り口を研究されるとつけ込まれます。
前に出るときも、すり足でしっかりと足を運ばないと」
「なっ?」
「そんじゃ!」
言うだけ言って、悠里はさっさと戻っていってしまった。
桃は呆然としてしまう。
まさか自分の欠点を的確に見抜いて先ほどの戦法を取ったというのか?
隠相撲でも、桃は引き技使いの相手を苦手としている。
それに新相撲の大会では、身体を横向きにして組みに来て、
始めから透かし技か投げ技以外を考えない選手も多い。
桃としても克服しなければならないことの一つだった。
「……ふぅ……」
やっぱりあの子は鏡だ。
自分が精進したいと思えばあの子は少しでも手伝おうとしてくれる。
いい子なことに間違いない。
しかし、と桃は自分に言い聞かせる。
悠里は敵だ。
絶対に倒したい相手だ。
この闘志は絶対に消さない。
「いやあああっ!!」
「くああああっ!!」
土俵の悲鳴に桃はハッとした。
見れば月葉に瑠璃子が吊り出されてしまっていた。
「勝負あった」
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
互いに一礼、両者共に疲労困憊だ。
しかし注意すべき点は瑠璃子が得意の右四つで負けてしまったと言うことだ。
「くっ……」
瑠璃子は自分の手を悔しげに見下ろした。
握力の使いすぎで、とうとう手が震え始めてしまっていた。
「……瑠璃ちゃん……」
「なに?」
「今日はぶっ倒れるまで、許してもらえそうにないね……」
「……そうね……」
二人は苦笑いを浮かべたが、それは心から楽しそうな苦笑いだった。
稽古は、7時まで続けられた。
男子相撲部が引くほどの練習量。
桃も瑠璃子も、同好会の面々も全員が疲労困憊で立ち上がれなくなるほどだ。
「いやー、疲れた疲れた。やっぱりお相撲は体力がつくよね〜」
悠里だけを除いて。
「ど、どうして、悠里さんだけ、疲れてないんですか……」
「か、会長……手ぇ抜きしましたね……」
月葉と真央が睨みつけるが、悠里はヒラヒラと手を振って否定する。
「そんな訳無いじゃん。
桃ちゃん先輩とも瑠璃子ちゃん先輩とも、ちゃんと四つ相撲したでしょ?
それに疲れて鈴ちゃんがパスした分はあたしが出たじゃん」
「さ、最後のそれは、順番が早まっただけなないですか……」
ほのかが息も絶え絶えにツッコミを入れる。
「あっはっは、ばれたか」
やはり一人平然としている悠里だった。
「こ、この子の脳みそは絶対筋肉で出来てる……」
「バケモノ……」
さしもの桃と瑠璃子も呆れてものが言えない。
「ヒドイですねぇ、人を怪物みたいに。
どうせバケモノに例えるなら、どらごんみたいなカッコいいのがいいです!」
「……この子は……わからない……」
桃の一言に、その場の全員が頷いた。
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