相撲の力 5−1





同好会との合同稽古を終えた2週間後、

桃と瑠璃子は新相撲の地区予選を見事突破した。

全国大会は8月になるので、

6月、7月は地力を底上げする最後のチャンスだ。





桃と瑠璃子は自ら更なる稽古を課した。

純粋に負けたくないと言う気持ちが、

二人を動かす。

しかしそれに加えて焦りの気持ちもある。

恒例となったプロレス同好会との合同稽古。

ここで素人だったほのか、真央、鈴の三人の異常とも思える急成長に、

先輩の意地にかけて、絶対に負けるわけにはいかないというわけだ。

後ろから追いかけられる緊張感という意味でも、

合同稽古は二人に大きな意味をもたらしていた。





ただ、桃の気持ちは全く晴れない。

悠里に対してリベンジをする。

この気持ちはまだまだ胸の中で燃えており、

いつでも向かっていける準備はしている。

隆美とエリカから伝授されたツッパリの一撃も9割方マスターした。

しかし、真剣勝負を挑むにしても隆美に言われた通り、

リングや土俵での勝負は避けたいところだ。

「桃ちゃん……もしかして、まだ悠里ちゃんにリベンジしようなんて考えていない?」

瑠璃子に言われて、桃は慌てて図星を隠した。

プロレス同好会との合同稽古で、

後輩である悠里相手に、桃と瑠璃子は想像以上にいい稽古をさせてもらっている。

そんな相手に失礼なことは絶対に出来ない。

瑠璃子は始めから桃のリベンジに乗り気ではなかった事もあり、

最近では釘を刺すことが増えてきた。

刺される桃も、これ以上個人的な感情を混ぜたリベンジなどというつもりはない。

しかし、先輩の面目躍如の上に、悠里の本気を見て見たいと思うようになってきていた。

合同稽古で分かってきた事。

それは悠里だけがやはり全力ではないという事だ。

自分なりの言い方にするなら、自分でギアが上げられない……という所だろうか。

相手によって大きくレベルが変わるのだ。

事実、隆美やエリカが話していたような印象はまだ見たことがない。

悠里の本気を見るには、あの子が怒らせるか、

本気を出さなければいけないほど追い込むか、どちらかしかない。

桃としては本気を出させるほど追い込みたいところだが、

生憎悠里を追い込む力は、自分には無い。

まだまだうっそうとした日は続きそうだった。





「悠里ちゃんの本気?」

「はい。隆美さんは見たことがありますか?」

隠相撲の稽古が終わった後、桃は隆美にストレートな質問をぶつけた。

隆美は闘ったときのことを思い出すように上目遣いになる。

「そうねぇ……私がみたのは、あの子の7割くらいかしら。

 プロレスで対戦したときにね。

 小柄で可愛い見た目によらずパワーもあったし、

 何より桁違いのスピードには私も随分ひどい目にあったし……。

 それに想像以上にタフだし、粘るし……あっちもとっても可愛いかったし♪」

あっちがどっちかは一応不問にしておこう。

「隆美さんがあの子と闘ったときのこと、教えてくれませんか?」

「うん? 私が闘ったときのこと?」

「はい。敵を知らなければ何とやらです」

「なるほど……それなら話してもいいけど……

 そうね……私があの子を初めて見かけたのは……」





それは、隆美が地下プロレスと呼ばれる、

隠相撲と同じようなごく限られた人間しか知りえないプロレス会場での話だ。

はっきり言えば隠相撲より治安は相当悪い。

互いをリスペクトする試合など滅多にない。

プロレスが成立するのが不思議なくらいの場所だ。

そんな中で、隆美は悠里を見つけた。

プロデビューを飾った彼女が何故こんな場所にと不思議に思ったが、

その理由は直ぐに知れた。

彼女は自分の意志で闘う場所を選んでいたのだ。

結果として勝つ試合より負ける試合の方が圧倒的だったが、

地下プロレスの殺伐とした中で、最年少である悠里は、

色々な意味で、先輩レスラーに可愛がられている存在だった。

当然隆美も興味を持った。

悠里との対戦を申請すると、直ぐに受理された。

まずは自分の土俵で楽しませて貰おうと、相撲での勝負になった。





マワシを締めて土俵に上がった悠里。

小ぶりな胸に小ぶりな体格。

隆美はたっぷりと可愛がれると内心喜んだ。

上背の差は20センチはあるだろうか……。

対格差も力の差も歴然としているなら楽勝だろうと、

隆美自身もたかを括っていた。

ところが、この小柄な少女は早々楽はさせてくれなかった。

手を付いて、待ったなし。

これでもかと意気込む悠里に、余裕たっぷりな隆美。

はっけよい、のこった!!

同時に立つ。

いや、立ったつもりだった。

あまりの悠里のスピードに、隆美は面食らってしまい、

呆気なく両差しを許してしまったのだ。

慌てて両上手で悠里を組みとめるが、

悠里は既にエンジン全開で、声を漏らしながら懸命に隆美に寄りを仕掛ける。

隆美も表情を歪めながら必死に態勢を立て直す。

土俵際、完全に追い込まれた隆美だが、

俵に足を掛けて態勢を立て直す事に成功していた。

逆に悠里は、上背で負けているのも省みず吊り寄りで何とかしようとした為、

自分だけが背伸びするようになってしまっている。

うーん、うーん、と懸命に歯を食いしばる悠里だが、

この身長差、体重差でこの攻めの選択は間違っているとしか言いようがない。

隆美は口元を緩めて両腕に思い切り力を込めて悠里を吊り上げる。

悠里は悲鳴を上げて足をバタつかせるが、戻れない。

しかし、隆美は大方の予想を裏切り、悠里を土俵の中央へ運んでから降ろした。

悠里が目を丸くしている間に両脇を巻き返して両差しになる。

しかも隆美はわざと腰を落として悠里の動きを封じようとする。

体格差、体重差、それに加えて態勢でも不利になれば、

完全に悠里のスピードは死んでしまうはずだ。

そう思っていた。

だが、悠里はそれでも止まらない。

気合いを吐きながらそれでも前に出ようとする。

隆美は悠里の気合いが心地良く真っ向から受けて立つ。

互いに吊り合いに持ち込む。

力は完全に隆美が上。

それでも悠里は諦めることなく前に出ようとする。

悠里の攻めを真っ向から食い止めながら、

隆美は、なるほど、と思った。

たしかにうんうんと唸りながら直向に攻めようとする悠里はとても可愛らしい。

別に隆美は同性愛者でないが、可愛がりたくもなるし、いじめたくもなる。

隆美は汗だくになりながら、悠里との吊り合いをたっぷりと楽しんだ後、

粘る悠里を寄り切った。

精根尽き果てた悠里は、腰を抜かしたように座り込んでしまったが、

隆美はそんな悠里に好感を持った。





「……じゃあ、あの子の相撲は隆美さん仕込みなんですか!?」

「まあ、私一人ってわけじゃないけど……、

 でも、何度か対戦しているうちに随分腕は上げたわよ。

 あの子のスピードを生かした突貫相撲を真っ向から受けるのは気持ちいいのよねぇ。

 それに動きを止められても諦めないところが可愛くて……」

そう言いながら隆美はクスクスと笑う。

どうやら記憶の中で悠里と相撲を反芻しているようだが、

隆美にS気があったのかと、桃は少し引いてしまう。

「プロレスのほうはどうだったんですか?」

「うん、プロレスね……私の本職は相撲だから、プロレスは押されっぱなしよ」





地下プロレスの相撲では、

基本的にH技が認められる。

相撲で何度もいじめられていた悠里は、

プロレスでのリベンジを仕掛けてきたのだ。

もちろん隆美も逃げる事はせず、挑戦を受けてたった。

証明はリングだけを照らし、観客席は見えない会場。

悠里は真っ白なワンピース水着、隆美は黒を基調とした黒い三角ビキニ。

ゴングがなるのと同時に、悠里が隆美に突っかけるが、

隆美は円を描くように移動して悠里の動きを回避。

しかし悠里は無遠慮に特攻を続け、隆美をコーナーに追い込む。

この展開は予想していなかった隆美は直ぐに迎撃の構えを取るが、

悠里はドロップキックを仕掛け飛び上がる。

しかし、叩き落とそうとする隆美の前で悠里は落下。

何かと思っている間に悠里の両足は隆美の足の付け根に着地する。

悠里は吼えると、モンキーフリップ、

巴投げの要領で隆美をリングに投げ飛ばした。

こんな動きをされると思っていなかった隆美は、リングの真ん中でダウン。

続けて悠里は胴締めスリーパーで隆美の体力を奪いにでる。

チョークに入っていない為耐えられるが、隆美のスタミナが一気に消耗される。

悠里は、相撲じゃ負けているけどプロレスなら得意なんだと、

身体をくねらせてなんとか逃げようとする隆美の身体をコントロールして

ロープブレイクをさせない。

確かに相撲なら既に背中をつけた悠里の負けだと隆美は笑うが、

このグランドコントロール力は脅威と逃げるのを止めうつ伏せになる。

本当なら一気に頚動脈を捉えればいいものをと、内心笑いながら、

悠里をおんぶするような形で力任せに立ち上がり、

自分ごとコーナーに倒れ込み、悠里を背中から叩きつけた。

ようやくスリーパーが外れると、隆美は逃がすわけにはいかないと、

休むことなく悠里をベアハッグに捕らえる。

たまらず悲鳴を上げる悠里だが、完全に捕らえられ逃げることが出来ない。

仕返しとばかりに両腕に力を込め、たっぷり苦しめる隆美。

苦しむ悠里だが、このまま反撃されるものかと、隆美の顔面にエルボーを入れて、

乱暴にベアハッグから脱出する。

着地した瞬間、悠里は素早く抱きつくとその場で隆美を崩し、

捻りを加えたフロンとスープレックスで完璧に投げきる。

リングに叩きつけられることになれていない隆美は、苦しそうに悶絶してしまう。

しかしあっと言う間に後を追ってきた悠里のダイビングボディープレスが決まり、

隆美は更に悶絶させられてしまう。

悠里はフォールに行かず、素早く間合いをとった。

この時点で既に隆美は悠里の姿を見失っている。

ダメージを堪えつつ、何とか立ち上がろうとした瞬間だった。

走りこんできた悠里の膝が隆美の即頭部を直撃した。

悠里の代名詞となっているシャイニングウィザード。

隆美の脳が揺さぶられ一瞬意識が飛ぶ。

悠里は倒れた隆美に対し、敬礼つきの永田ロックで駄目押しを仕掛ける。

生まれて初めてというくらい隆美は悶絶して苦しんだが、

年上の意地とばかりに必死に耐え、何とか逃げ切る事が出来た。

更に助走距離をとった悠里が、立ち上がろうとする隆美を再びウィザードで狙う。

しかし、今度は見切っていた隆美は、間合いを詰めて点をずらすと、

強引に悠里を捕らえて力任せのパワーボム。

ここで悠里の動きが止まったと見るや、隆美は必死に横四方で悠里を押さえ込んだ。

3カウントルールが存在しない地下プロレスなので、

自分が休むにはちょうどいい。

ここまで苦戦させてくれたお礼に悪戯してやれと悠里の股間をくすぐる。

すると、予想以上にいい反応が返ってくる。

もしかしてこれは弱点発見かと更に攻めると、

やはりビクンビクンと反応が返ってくる。

これはやばいと感じたのか、悠里は必死に逃げようと身体を捩る。

しかし隆美も此処で逃がしてはまた何をされるか知れたものではないと、

しっかりと押さえ込みなおすと、悪戯ではなく本格的な愛撫で攻める。

隆美の荒い息と責め言葉と、悠里の吐息と喘ぎ声が響き渡る時間が続く。

やがて悠里が絶頂を向かえ、白旗を振った。

押さえ込みを解いてみるとぐったりとした悠里が恨めし気な目で見上げていた。





「……じゃあ、あの子の弱点って……」

「ええ。H技全般」

「…………」

「あら、桃ちゃんだって隠相撲でたまにやっているじゃない。

 そんな非難するような目線は傷つくなぁ」

「……ちょっと卑怯です……」

「でも、あの子もそういう攻撃がありなのを承知であの場所に居たのよ。

 卑怯とかそんなことを考えてはいないわよ」

隆美の涼しい顔に、桃はちょっと反感を抱く。

そっちの方向での攻防は、やっぱりずるい気がするのだ。

「でも、何であの子は地下プロレスなんかにいたんでしょう?」

「始めは好奇心だったらしいわよ。

 でもその後に出会った「紅の堕天使」に追いつく為の武者修行だって言っていたかな」

「紅の堕天使?」

「……そういう異名をとる人がいるのよ。破壊的に強いレスラーさんがね。

 でもその人が悠里ちゃんのお姉ちゃんなんですって」

「……はぁ……」

お姉ちゃんの意味が違って聞こえるのは何故だろうか。

「私よりも一度負けたエリカがあの子の本気を感じているかもね」

「エリカさんが……」

「ええ。何せ、あの頑丈が服着て歩いているようなエリカが、

 完璧にKOされたんだからね」





「その時の話をしてもらいたいんです!」

「…………アタシにゃ、苦い思い出なんだがナ……」

風呂場にまで桃に押しかけられたエリカは、

少しうんざりしたような声を出した。

最近の桃は、随分と悠里にご執心のようなので、

いつかこんなことを言い出すのではと思っていたのだ。

「エリカさんは相撲ではどうして負けたんですか?」

「……はっきり負けと言うナ!」

パカンといい音が桃の頭で鳴る。

桶での一撃だった。

「相撲のときは完璧にアタシの油断ダ……。

 立ち合いから力で押そうと思ったらあっと言う間に潜り込まれて一本背負いサ。

 上背の差があったのもいけなかったナ」

「……その……プロレスの方も……」

すると、何故かエリカはふぅと長いため息をついた。

「まぁ、アタシが怒らせたのがいけないんだけどな……」

そう前置きしてエリカは話し始めた。





エリカは隆美以上に悠里を敵対視していた。

負けなしの隆美に対して、既に土をつけられているエリカ。

プロレスでは隆美より得意なエリカは、

リベンジの舞台にシュートのプロレス勝負を挑んだ。

地下プロレスの中だが、レフェリーをつけての真剣勝負。





黄色のセパレートの水着のエリカに対して、

悠里はいつも通りのワンピース。

試合開始から、ペースはやはり悠里だった。

スピードを生かしたドロップキックの連発でエリカを翻弄する。

しかしエリカも張り手で悠里を動きを止めると、

喉輪落としや無双といった大技一発で悠里を仕留めに出る。

だが頑丈加減ならエリカにも引けをとらない悠里は、

エリカの技を全てカウント2で跳ね返し、

逆に必殺のシャイニングウィザードでエリカを追い込んでいく。

そして、終盤に差し掛かった。





「ギブアップ!?」

「ノォーッ!!」

「セイ・ユー・ギブ!!」

「ああぁぁ〜〜〜っ!! ノォ〜ッ!!」

試合はエリカが挽回していた。

エリカのオーバーアクションの逆エビ固め、

いうなればウォール・オブ・エリカだ。

ガチッと決まった逆エビに、悠里は必死に耐え続けている。

しかし悠里もタフだ。

かれこれ3分ちかく、この状態で耐え続けている。

エリカと悠里の我慢比べの状態だ。

「……クソッ……」

根負けしたのはエリカだ。

仕方なく悠里を解放して次の技へと移ろうと、

悠里の髪の毛を掴んで強引に立ち上がらせようとする。

「うぁぁ……」

腰のダメージが大きいのか悠里はなかなか立ち上がれない。

「……オラアアッ!!」

「げふっ!!」

エリカは業を煮やして、立ち上がろうとしていた悠里の胸元に強烈な膝をぶち込む。

「ウォオオオオッ!!」

「……ぐあうっ!!」

悠里の身体が浮いたところで、更に強烈なパワーボム。

エビの状態に押さえ込み、レフェリーがカウントを数える。

「ワンッ! ツーッ! スリ……」

「わあああっ!!」

しかし、悠里はまだ返してくる。

「しつこいっ!!」

エリカはいい加減に苛立ち、リングを乱暴に殴りつけた。

自分の決め手が決め手になりえない。

ひどいジレンマだった。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

悠里は相当ダメージが色濃くなってきている。

しかし、それを言うなら随分と前から仕留められるはずなのだ。

「ハァ、ハァ……フン、もう力が残っていないんならさっさと諦めればいいもんヲ……」

「……こ、この程度で諦めちゃ……お姉ちゃんに笑われちゃうもんね……」

「ハッ! そのオネエチャンとやらもゴキブリ並みにしぶといんだろうネ!!」

エリカの言葉に、悠里の肩がピクリと動いた。

「……取り消して……」

「何?」

「……・今言ったこと、取り消して!!」

突然、悠里が怒鳴った。

その表情は、明らかな怒りの色が現れている。

「あたしのこと、悪く言うのは別にいい!

 でもお姉ちゃんの悪口だけは絶対に許さない!!」

まるで殺気のような悠里の気迫。

エリカは驚きを隠せないが、思わず気おされてしまう。

その隙が更にいけなかったんだろう。

悠里は今まで一番速いスピードでエリカに突っ込んできた。

「やああああっ!!!」

「グアッ!!」

悠里のシャイニングウィザード……いや、その変化版のハイジャンプウィザードが、

エリカの顔面を捉えた。

驚異的な跳躍力で立った相手に打ち込むシャイニングウィザードは悠里の得意技の一つ。

まさかこんな攻撃が来るとは思わなかったエリカは、

受け身を取る事も出来ずロープまで吹き飛ばされてしまう。

「クッ……」

しかも今までと桁違いの威力だ。

一発で脳が揺れている。

しかし悠里の本領はここからだった。

「いやああああああっ!!」

「グハアッ!!」

自身をロープに走りこませ、回転して蹴り飛ばす619……否、ここでも一瞬時間差を置いた膝蹴り、

シャイニング619とも呼ぶべき一撃がエリカの後頭部に叩き込まれた。

たまらずゴロゴロとリング中央まで転がされてしまうエリカ。

これも信じられないほどの威力だ。

「グッ……クッ……」

エリカは必死に身体を起き上げる。

早く態勢を整えなければ。

本能が警告を発していた。

あまりに速く、あまりに強く、あまりに容赦ない。

早くしなければ、殺される。

エリカが必死に立ち上がろうとした瞬間、悠里の身体は目の前にあった。

タイミングはシャイニングウィザード。

しかし、悠里の蹴り足は真っ直ぐ天に向かって伸ばされていた。

「天(あま)……翔(かける)…………龍(りゅうの)………………」

朗々と、やたらと静かに聞こえる悠里の言葉。

まるで時間が止まったかのような錯覚。

エリカの本能が必死にガードしろと指令を出すが、

身体は金縛りにあったかのように全く動く事が出来ない。

まるで世界が悠里のかかとに集約していくような圧倒的な存在感。

太刀を振りかぶった侍のような狂気の美しさに、

エリカの意識は完全に引き込まれてしまっていた。

そして、時は動き出す。

「………………かみなりぃぃぃぃぃぃっ!!!!!」

悠里の最大最強の一撃、シャイニング踵落とし。

ライジングスコーピオとも呼ばれる一撃がエリカの鎖骨に叩き込まれた。

「ゴハァッ!! ……ガッ……ハッ……」

まるで身体が真っ二つに引き裂かれて締まったかのような衝撃。

エリカは肺の中の空気を全て強制的に吐き出され、

一瞬で意識を失い大の字に倒れた。





「その後、悠里にアタシがフォールされて終わりダ。

 ま、怒らせちまったのはアタシが悪かったんだから、

 ちゃんと謝っといたヨ。

 その時からかナ。

 アタシなりに、何となく悠里って子の扱いを分かったのハ……」

「扱い……ですか……」

エリカがゆっくりと湯船から上がる。

桃も倣う。

「結局、あの子は全部を楽しみたい人間なのサ。

 どんな状況であれ、全部楽しみたいんダ。

 だからあの子をお腹いっぱいにさせれば、勝つのは簡単ってことサ」

「……お腹いっぱいに……」

「つまり、あれダ。

 子猫が遊びをせがんで、遊びつかれたら寝ちまうのと同じってことだナ」

「………………なるほど……」

「事実、あの子と遊び気分で対戦したときにゃ、アタシの全勝だからナ。

 やっぱり、怒らせるのは得策じゃないってことサ」

「……そうですか……」

エリカですら敵わない悠里の本気。

やっぱり本気のあの子に挑もうとする時点で無謀なのだろうか。

「あの、その天翔龍雷っていうのは……」

「正確にはライジングスコーピオじゃないナ。

 ライジングスコーピオは側面から打ち込むけど、

 あのコは真正面から打ち込みにくる。

 しかも桁違いの威力で本当は踵を脳天に叩き落すんだゼ。

 そりゃたまったもんじゃないってノ」

言いながらエリカは身震いをした。

もしあの時、悠里が一瞬の手加減でふくらはぎで落としていなかったら……。

そう思うとゾッとしない。

「ま、やり合うなら時と場所と戦い方を考えなヨ。

 絶対にあの子を怒らせないことだ」

エリカは着替え終えると、複雑な表情をしている桃を置いて脱衣所を出て行った。



















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