相撲の力 5−2











「それで、最終的にはどうしたいの?」

学校に来てもすっかり腑抜けている桃に、瑠璃子が尋ねた。

学校では悠里の武勇伝が広まり、せっかく新相撲全国大会に進出したのに、

全く正当な評価が得られない。

それも、全ては秒殺された自分が悪いのだが。

おまけに隆美とエリカからも悠里の武勇伝を聞かされ、

勝ち目なしとすっかりしょげてしまっていた。

「そりゃ勝ちたいさ……勝ちたいよ…………

 でもあの子の本気はエリカさんより上なんだぞ……

 あたしが勝てるレベルじゃないじゃないか……」

まるでブツブツブツブツ念仏のようである。

桃らしくないのもここまで来るといっそ開き直れそうな気がしなくもない。

「まったく……ウジウジウジウジと……。

 どうせ一回負けているんだから、

 なりふり構わずもう一回やってくればいいじゃない」

「そう……なんだけどさ……」

桃とて何度悠里と闘うイメージを繰り返したが知れない。

しかし、どの話を聞いても自分に勝ち目が無いと諦めざるを得ないような話ばかりだ。

リベンジは負けるためにするものではない。

少しでも勝つ算段をつけなければ、また勝負にすらならないだろう。

「でも悠里ちゃんだってちゃんと黒星は付いているのよね。

 こないだネットで確認したら、公式の試合で月葉ちゃんにも何回か負けていたわよ?」

その情報は貴重だ。

桃は早速立ち上がった。





「は? 私が悠里さんに勝った時の話……ですか?」

「ええ、是非聞いてみたいの。

 貴方が体験した、あの子との勝負を」

桃からの突然の呼び出し、屋上に引っ張ってこられて何事かと思いきや、

まさかこういう流れになるとは。

しかも話してもらう御礼とばかりに甘味類やジュースが並んでいる。

月葉は面食らった様子で狼狽しながら、桃の真意を探り出そうとする。

「でも……その、なんと言いますか……木下先輩は何で聞きたいんですか?」

「正直にいうと、もう一度あの子と闘って倒す為よ」

「そ、そうですか……でも、その、私と悠里さんはプロレスで闘ったので、

 やっぱりあまり参考にはならないと思うのですが……」

「いいの、いいの。今は色んな人に話を聞いて回っているしね。

 貴方が知っているあの子のMAXを教えて欲しいの」

「はぁ……それじゃ、お話しますけど……」

月葉はオズオズとしながら話し始めた。





今から4ヶ月前の事。

進路も決まり、お互い中学最後のシングルマッチを、

地下プロレスで組んだ。

ベルトも団体の威信も何も無い。

ただそれぞれの背中に、今までの積み重ねを背負い、

誇りと意地だけを賭けた試合。





「ちょ、ちょっと待って! 何で公式じゃないの!?」

「お客さんの前だと、やっぱり決闘みたいな試合は出来ませんから。

 悠里さんと二人で話し合って決めたんです」

「は、はぁ……」





地下プロレスのリングで悠里と月葉は向かい合った。

お互いいつも試合で着るコスチューム。

月葉は緑を基調とした、ミニスカートのクノイチのようなコスチューム。

悠里はいつも通り、純白のワンピース姿だ。

互いにお客を意識しないノーピープルマッチ。

どちらかが降参するまで続けられる、「I QUIT」マッチ。

一番過酷な試合形式を二人で決めた。

時間が無制限になることから、主会場ではなくサブ会場での対戦を希望した。

二人の試合を観る事が出来るのは、関係者とVIP待遇をされる特別な客しかいない。





「また、ちょっと待って。その「あいくいっとまっち」って言うのは?」

「I QUITマッチというのは、どちらかが闘う意志を失くすまで続ける勝負です」

「ギブアップとは違うの?」

「はい。関節技で降参させるのではなく、

 何もしない状態で相手に「参りました」と言わせる勝負です。

 でも、私も悠里さんもサブミッションマッチみたいな意識でしたけどね」

「……つまり、あんまり関係ないってこと?」

「いいえ。提案したのは私なんです」

「……どうして……・?」

「悠里さんのシャイニングウィザードでギブアップするのは無理ですから」

「……条件を……自分から五分にしたってこと?」

「はい」





試合開始は悠里からだった。

ゆっくりと手を掲げて手四つを誘う。

月葉も誘いに乗り、二人の手が感触を確かめ合うようにしっかりと組み合う。

まずは右手、次に左手。

視線は互いに外さない。

「ふっ!!」

「やっ!!」

同時に力を込めた。

互いに両手を開き、胸を合わせた力比べ。

探るでもなく、押し切るでもなく、

互いの存在を確かめ合うような力比べだ。

二人の息遣いすら聞こえない静かな時間が過ぎていく。

やがて、悠里が「ふぅぅ」と大きく息を吐いた。

次の瞬間、

「いやああああああっ!!!」

「くあああああっ!!」

突然悠里が万力のように両手に力を込めた。

押し切られた月葉は、たまらず両膝をガクリと突いて悠里に押し切られまいと耐える。

「くっ……くっ……」

「ぐっ……・くくっ……ま、まだまだ……」

しかし、今度は月葉が巻き返してくる。

悠里の両手を渾身の力を込めて押し戻す。

再び五分に挽回すると、今度は月葉が仕掛けた。

「いいやっ!!」

「あうっ!!」

その場に飛び上がってのドロップキック。

悠里が溜まらず後方に吹き飛ばされる。

「くっ!!」

「遅いですっ!!」

「きゃあっ!!」

立ち上がろうとした悠里に更に追撃のドロップキック。

「つぅ……」

「おまけですっ!!」

「うあっ!!」

更に四つん這いになった悠里の側面から低空のドロップキック。

ゴロゴロと転がった悠里は場外に落とされてしまう。

「……いったぁ〜……」

「悠里さんっ!!」

「……げっ……・」

「たあああああっ!!!」

「きゃうっ!!」

月葉の追撃のプランチャー。

隙の無い波状攻撃に悠里の表情ははやくもつらそうに歪んでいる。

しかしライバル関係も長い月葉は、悠里という存在を熟知している。

悠里ともつれ合うように倒れ込んだ月葉は、

息もつかせず、すぐに立ち上がり悠里をリングに押し上げる。

「はぁ……はぁ……」

悠里が少し表情を歪めながら立ち上がるが、既に月葉はトップロープに駆け上がっている。

「やあああああっ!!」

「きゃあっ!!」

たまらずリング中央まで吹き飛ばされる悠里。

さすがに効いてきたのか、なかなか立ち上がれない。

月葉は容赦なく悠里の両足を捕らえると、一気に逆エビ固めにひっくり返す。

「うあああああっ!!!」

悠里の悲鳴が響き渡る。

「んくくっ……」

このくらいで悠里が参る訳が無いと、月葉は頬を赤らめて必死に締め上げる。

「うああぁぁぁ〜〜っ!!」

身体が完全にエビ反りになり、悠里は何度も苦しそうに頭を上げて悲鳴を上げる。

早くも二人の身体からは汗が噴出している。

「どうしましたっ!? このくらいも返せないんですか!?」

「くぁぁぁっ……こ、この程度でぇ〜〜〜っ!!!」

月葉が全力で締め上げたまま悠里を挑発する。

悠里は強引に腕立てで返しに行く。

「くっ、くっ……させませんっ!!」

「がうっ……うくくっ……うりゃあああああっ!!!」

「うあっ!!」

一度は潰された悠里だが、気合いを込めて再び腕立てで返そうとする。

さすがに耐え切れず、月葉はエビ固めを返されてしまった。

「はぁ、はぁ……くぅぅっ……」

腰を抑えて辛そうな表情を見せる悠里。

何とか身体を起こすが、なかなか立ち上がれない。

「はぁ、はぁ……やああっ!!」

更に追撃しようと月葉が助走をつけて再びドロップキックコンビネーションを狙う。

「はぁ、はぁ……なめるなぁぁぁっ!!」

「あっ!? きゃうっ!!」

しかし、悲鳴を上げたのは月葉だった。

月葉の走りこみにあわせた絶妙のハイジャンプウィザード。

カウンターの形で決まり、月葉は大の字に倒れてしまう。

「よっくもやったなぁ〜!!」

「あぐっ!!」

悠里は直ぐにグランドに持ち込み、月葉を首四の字に捉えた。

「くっ……くっ……」

月葉は何とか外そうとするが、悠里の太ももは完璧に月葉の首を挟みこんでいる。

「たっぷりお礼をさせてもらうからねぇ〜……それっ! ていっ!」

悠里は月葉を首四の字に捉えたままうつ伏せになると前転する。

「うぐっ……ぐぁっ!」

首を絞められたまま投げられた形で月葉はリングに叩きつけられる。

「もういっちょっ!」

「うあっ!!」

「まだまだっ!」

「あうっ!!」

「おまけっ!!」

「ああっ!!」

「うりゃ〜〜〜っ……」

「くぅぅ〜〜……」

連続の攻撃に悲鳴を上げる月葉。

このままペースを握られるわけにはいかないが、

悠里のコントロールが上手く返すに返せない。

月葉はたっぷりと締め続けられスタミナを奪われてしまった。

「さ〜て、そろそろ序盤は終わりだね」

「はぁ、はぁ、はぁ……」

悠里が得意気に笑いながら月葉を引きずり起こす。

消耗した月葉に対し、悠里には余裕が生じ始めている。

やはり流れを悠里に掴ませたままにするわけにはいかない。

「むんっ!!」

「くっ!!」

悠里がブレーンバスターを構えたところで月葉も同じ態勢になる。

「うりゃーっ!!」

「くぅぅぅっ!!」

「……くはっ……」

「くっ……やああああっ!!」

「んぐぐぐぐっ!!」

「……はぁっ、はぁ、はぁ……」

「くはっ、はぁ、はぁ……」

互いに吊り合いのようにブレーンバスターを狙うが互いに踏ん張り投げさせない。

悠里にせよ月葉にせよ、微妙にタイミングをずらし投げきろうとするが、

済んでのところで踏ん張り投げさせない展開が続く。

脇固めに逃げられるが、それでは意味がない。

真正面から越えてこそのライバルなのだから。

「はぁ、はぁ、はぁ……うわああああっ!!!」

「はぁ、はぁ、はぁ……・ああっ!?」

持ち上げられたのは、悠里だった。

完全に宙に舞い上げられている。

しかし、月葉は悠里の流れを断ち切るには此処しかないと分かっていた。

「えええいっ!!」

「うぐぅっ!!!」

悠里が頭からリングに突き刺さりくぐもった悲鳴を上げる。

月葉は直下式のブレーンバスターを仕掛けたのだ。

悠里の目が一瞬焦点を失う。

この隙を逃さず、月葉は悠里をチキンウィングフェイスロックに捕らえた。

「うあっ……あっ……うぅっ……」

まだ意識が混濁しているのか、動きが緩慢な悠里。

「捕まえましたよ……・そろそろ、ギブアップしてもらいますっ!!」

「うくっ……ノーッ……・うぅ……」

悠里は自由な手を使って外そうと試みるが、

完全に極まっているチキンウィングフェイスロックはびくともしない。

今度は悠里が苦しむ時間が続く。

「はぁ、はぁ……ギブアップしますか?」

「うぅ……ノォ〜……」

悠里が珍しく弱々しい声しか絞り出せない。

月葉はもう一度押し切る為に悠里に対して一気にラッシュに持ち込む。

一度技を解いて悠里をうつ伏せに転がすと、

自分は悠里の死角に回り込むためにエプロンに出る。

「うっ……うっ……」

悠里が首を抑えてフラフラと立ち上がる。

「はあああっ!!」

「あうっ!!」

スワンダイブからのミサイルキック。

悠里の後頭部に直撃する。

「ぐぅぅっ……」

悠里のダメージはかなり色濃い。

しかし月葉は更に押し切ろうと再び悠里の死角に回り込む。

「はぁ、はぁ……」

「たああああっ!!」

「うあうっ!!」

今度はスワンダイブからのニールキック。

即頭部に直撃され、悠里は半ば意識を失い大の字にダウンしてしまう。

月葉は悠里にペースを握らせず一気に決着をつける覚悟だ。

今度はトップロープへと上がり、止めのムーンサルトを構える。

しかし、その瞬間月葉の表情は愕然としたものへと変わる。

自分の首が悠里の腕に捕らえられていたのだ。

「すぅぅぱぁぁぁっ、不知火ぃぃぃっ!!!」

「うあああっ!? あうっ!!」

悠里の渾身の雪崩式不知火。

頭から落とされた月葉は後頭部を押さえて悶絶する。

しかし悠里もダメージが深くなかなか立ち上がれない。

ようやく身体を起こしたときには、

フラフラになりながら二人とも壮絶な笑みを浮かべていた。

「やっぱりこうなるね……」

「当たり前です……こうじゃないと……」

悠里も月葉も、この状況を待ち望んでいたような口ぶりで再び構えあう。

二人の対戦はいつも泥仕合になる。

それこそ意地の張り合いで見苦しいほどかもしれない。

けれど、そうしなければけじめの試合にならない。

得意技の連続技で試合を組み立てる月葉に対して、

一発の大きさで月葉の試合の組み立てを壊す悠里。

押しているのは月葉だが、いつ逆転の一発を食らわせても不思議ではない悠里。

ここから先は、二人の望みどおり、泥仕合だ。

「いくよっ!!」

「はいっ!!」

悠里と月葉が同時に突っ込む。

今更と思うようなロックアップの状態で組み合った。

ぐっと一瞬の力比べ。

しかし、今度は悠里の仕掛けが早い。

「はっ!!」

「うあっ!?」

ヘッドロックを決めたと思った瞬間、タイガースピンで月葉をうつ伏せに倒す。

そのまま流れるような動きで月葉の足をクロス、

次いで身体で押さえつけると上半身にコブラツイスト。

悠里の奥の手、リガールストレッチだ。

「くあぁぁ〜〜〜っ……」

脱出不能な複合関節に、月葉が溜まらず悲鳴を上げる。

「さぁ、このゆーりんロックから抜けられるものなら抜けてみろっ!」

「くぅぅっ……そ、そんな変な名前の技で……」

「変っていうなぁぁぁっ!!」

「あぁ〜〜っ!! 痛い痛いっ!! ゴメンなさい、ゴメンなさい!!」

「ついでにギブアップ?」

「しませんっ!!」

「にゃにお〜〜〜っ!!」

「うああぁぁ〜〜〜っ!!」

少しコミカルな会話が混ざるのも二人の試合ならではだ。

二人とも相手の技を受けて立ち、

それを越える技で反撃してこそプロレスであるという信条を持っている。

ここからは、互いの技比べの我慢比べだ。

「はぁ、はぁ、ちぇっ……タフなんだからぁ……」

「くはっ……はぁ、はぁ、はぁ……」

「それじゃ……こっちもそろそろ……」

悠里が必殺の距離をとる。

月葉が何とか身体を起こす絶妙なタイミングの走りこみ。

「させま……せんっ!!」

「きゃっ!?」

しかしここは月葉が上回った。

その場からのフライングニールキックが悠里の顔面を直撃し、

悠里が再び大の字にダウンしてしまう。

「はぁ、はぁ、はぁ……さぁ、たっぷりお返しですよ!」

「はぁ、はぁ、はぁ……あっ! ダメダメッ!!」

月葉がジリジリと悠里の足を「4」に組み合わせていく。

悠里が抵抗しようとしたときには既に時遅し。

「えいっ!!」

「あああぁぁぁ〜〜〜っ!!」

足四の字が決まり、悠里の悲鳴が上がる。

「はぁ、はぁ、ギブアップしますか!?」

「ノォーッ!! 絶対にしない!!」

「足を封じられてもまだいえますか!?」

「ああぁぁ〜〜っ!! こんなの痛くないもんっ!!」

「そ・う・で・す・かっ!?」

「ああぁぁ〜〜〜っ!! 痛い痛い痛いっ!!」

「ギブアップ!?」

「あっかんべぇ〜〜〜っ!!」

悠里は何度も身体を起こして何とかひっくり返そうとしているが、

月葉は悠里の身体をコントロールして動きを封じる。

次第に苦痛に悶えるだけになってきたが、それでも意地で懸命に耐え続ける。

やがて月葉が根負けして悠里を解放した。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

「はぁ、はっ、あくっ……」

足にダメージを負ったのか、悠里が足を押さえたままなかなか立ち上がれない。

「追い討ち……いきますよ……」

月葉が悠里の足を取り、再び関節技を仕掛けようとする。

「させると思うっ!?」

「あっ!?」

しかし悠里の仕掛けが早い。

その場で回転して月葉の両足を蹴りで払うと、

倒れた月葉の上半身に一瞬で絡みつき蜘蛛絡みを決める。

「くぁっ……はっ……あっ……」

「つっかまえた! これからは逃げられないでしょ!?

 月葉ちゃん、ギブアップ?」

「くぅぅっ……うっくっ……ノーノーッ……」

脱出不能の技に捕まって月葉は尚諦めない。

自由な両足を捻り、何とか脱出を試みるが、動けば動くほど頚動脈が圧迫されてくる。

「ほらほら、動きが落ちてきた。危ないんじゃない?」

「ノォ……うぅ……うっ……」

悠里の言うとおり、月葉の動きが目に見えて落ちてくる。

失神寸前だ。

「月葉ちゃん、ギブアップ?」

「……ま……まけ……」

「ん? なに!?」

「負けませんっ!!」

「わっ!?」

叫ぶのと同時に月葉は最後の力を振り絞って足を振り上げた。

強引に回転して技から抜けようというのだ。

一瞬の油断がいけなかったのだろうか、悠里の蜘蛛絡みが不完全な形になり、

月葉は九死に一生を得た。

「逃がしません!!」

「うあっ!!」

うつ伏せになった悠里の足をクロスすると、しっかりと押さえつける。

さらにインディアンデスロックから鎌固めへと移行する。

「うぐっ……うあっ……」

「ギブアップですか?」

「ノォ……うんっ……・くっくっ……」

月葉の綺麗なブリッジで身動きを封じられた悠里。

じわりじわりと両足、腰、首にダメージが広がり始める。

逃げようと足を動かそうとするが、完全に動けない。

「くっ……くっ……・さぁ、逃げたらどうですか?」

「あっ……・く、くそぉ……うぁっ……あっ……」

月葉から挑発されるが、正攻法では逃げようがない。

悠里は悔しそうにリングを叩く。

長い時間を掛けてたっぷりと苦しめてからようやく月葉は悠里を解放した。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

うつ伏せにぐったりと倒れ付した悠里。

「はぁ、はぁ、はぁ……そろそろ、決着ですね……」

月葉は悠里の髪の毛を掴んで無理やり立ち上がらせるとトップロープに座らせる。

月葉の必殺のコンビネーションの雪崩式のドラゴンスクリューからの膝十字固めを狙うのだ。

しかし、相手は悠里。

「はぁ、はぁ、はぁ……そう……決着だよっ!!」

「なっ!? きゃんっ!!」

突然の悠里の反撃。

なんとトップロープに座らされた状態から、

昇ろうとしていた月葉にその場でのシャイニングウィザードを放ったのだ。

予想だにしなかった反撃に、月葉はヨロヨロと後退してしまう。

そして、気付いたときには、遅かった。

「はっ!?」

「天翔龍……」

悠里の右足が高々と天を突き刺している。

月葉はその圧倒的な存在に意識を奪われてしまう。

まるで天を支配する龍に睨みつけられたような感覚。

「…………かみなりぃぃぃっ!!!」

「ぐはあああっ!!!」

次の瞬間、悠里の最大最強の一撃が月葉の肩口に叩き込まれた。

身体を突き抜けた衝撃に、月葉の意識が遮断され、その場に崩れ落ちた。

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」

渾身の一撃を放った悠里も相当疲弊している。

悠里は四つん這いで進みながら、月葉の顔を覗き込む。

「さぁ、月葉ちゃん、降参は?」

「うっ……うっ……」

「……・あ、ありゃ?」

悠里はこれで決着と思っていただろうが、月葉は悠里の一撃に失神していた。

これでは「I QUIT」を言ってもらえない。

「むむ……月葉ちゃん、起きてよ!」

「あぅ……あぅ……」

悠里の呼びかけにも意識を朦朧としたままの月葉。

相変わらず目の焦点は合っていない。

「もぅ……普通のシングルだったら勝てたのにぃ……」

悠里は仕方なく月葉を仰向けにするとお腹の上に馬乗りになる。

「起きてったら!」

「あぅっ……あ……あれ? 悠里さん……」

月葉の両頬をかるく叩く。

幸い月葉はそれで覚醒した。

「わ、私……失神してたんですか?」

「うん、まぁ意識朦朧って感じだったかな」

「そ、そうですか……」

「さて、月葉ちゃん、何か言う事があるんじゃない?」

「うっ……」

「降参する?」

「………………しません……」

「へっ?」

「……まだ、負けてません! 悠里さんには絶対に負けません!!」

「うっ……」

月葉の気迫に思わず身動ぎしてしまう悠里。

最強の一撃をもってしても月葉の心を折ることが出来なかったのだ。

「今度は、私の番です!!」

「わっ!?」

月葉がブリッジで悠里を跳ね飛ばす。

「これでっ……勝負ですっ!!」

「あっ……くああっ……」

絶体絶命の窮地から蘇った月葉は、直ぐに悠里に襲い掛かり、

悠里をコブラツイストに捕らえた。

悠里の表情が苦痛に歪む。

何度も目標の人にかけられて逃げられた試しが無い苦手な技の一つだ。

「はぁ、はぁ、はぁ……・どうしました……・顔色が……悪いですよ?」

「うくっ……き、気のせい……気のせい……・うぁぁっ……」

月葉の挑発に悠里は苦笑いしながら誤魔化そうとする。

月葉も悠里が苦手というのは聞いた事があったのだろう。

実際悠里を捕まえてみると、

確かに受け方がキレイすぎて自分で逃げられなくなってしまっている。

全部の技を受けて立とうとする弊害だ。

完璧なコブラツイストがリングの真ん中で決まっていた。

ここからも月葉は必殺のパターンに持ち込める。

コブラツイストからグランドコブラツイスト、さらにグランド卍固め。

グランド卍は実際に悠里からギブアップも奪った事がある。

悠里も月葉のパターンが分かっているからこそ、

おそらくこの試合が始まってから初めてあせっているのだろう。

二人の試合は、最大の局面を迎えていた。

月葉が悠里をグランドに引き込むか、それとも悠里がその前に反撃するか。

「はぁ、はぁ……悠里さん、ギブアップしますか?」

「はぁ、はぁ……ノォ……・くっ……くっ…………」

珍しく悲鳴を上げず必死に逃げようとしている悠里。

しかし月葉も逃がすまいと力を込める。

捻り上げられた悠里の身体はビクともしない。

徐々にアバラから全身に痛みが広がり、身体中の力が奪われていく。

このままでは月葉にグランドコブラに引きずり込まれてしまう。

こうなれば、卑怯なやり方だが仕方がない。

「………………やっ!!」

「あうっ!!」

悠里が月葉の太ももを叩いた。

いや、正確には筋肉のくぼみに親指を突き刺したのだ。

たまらずコブラを緩めてしまった月葉。

悠里は間髪入れずバックを取り返し、逆にコブラツイストを掛け返した。

「ぐあっ!! ……くっ……ひ、卑怯ですよ!」

「卑怯? ルールじゃツボを突いちゃいけないなんて無いはずだけど?」

「うぅ……くっ……」

今度は月葉の表情が歪む。

やはりここの仕掛け合いが勝敗を分けそうだ。

「逃がさないよっ!!」

「うあっ!? しまっ……」

月葉が動こうとした瞬間だった。

悠里は迷わず卍固めに技を変化させたのだ。

リングの中央で、今度は月葉が捕まってしまう。

「くぅぅっ……」

月葉の苦しそうな声が漏れる。

互いに得意としている技なだけに、逃げるのは難しい。

「はぁ、はぁ、はぁ……・ギブアップ?」

「うぅっ……ノォ……・ノォーッ!!」

「くっ……これでもかぁっ!!」

「うああぁぁ〜〜〜っ!! ノォーッ!! ノォーッ!!」

「このっ……いじっぱりーっ!!」

「うああああっ!! 悠里さんには、絶対に負けませんっ!!」

悠里はここが最後の攻防と踏んで、渾身の力で締め上げる。

月葉はここを凌ぎきればと必死に耐え続ける。

完全に極まっている卍固め。

互いに意地の張り合いが続く。

「……うぅ……うわああああっ!!」

「あっ!? そ、そんなっ!? きゃああっ!!」

しかし、ここで月葉の意地が悠里を上回った。

完全に極まっていた卍固めを、力だけで跳ね返したのだ。

「はぁ、はぁ、はぁ……そ、そんな……」

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」

茫然自失の悠里と疲労困憊の月葉。

しかし、この技の後の状態が命取りになるのだ。

「うわあああっ!!」

「あっ!? あぐっ!! ああぁぁぁ〜〜〜〜っ!!!」

月葉はわき目も振らず立ち上がると悠里に襲い掛かり、強引に卍固めを決めてしまった。

再びリングの中央で悠里が捕まってしまう。

「悠里さん、ギブアップ!?」

「ノーッ!! ああぁぁーっ!!」

「ギブッ!?」

「ああぁぁぁーっ!! ノーノーノーッ!!」

月葉の渾身の卍固め。

悠里は肉体的にも精神的にも追い込まれる。

苦しそうな悲鳴を何度も上げるが、

先ほどのコブラツイスト以上に悠里の身体は完全に動きを封じられている。

「ギブアップ!?」

「ノォ〜ッ!!」

「くっ……りゃああっ!!」

「うああぁぁぁ〜〜〜っ!! ノォ〜……・」」

リングの中央。

月葉の卍は全く崩れず、悠里が懸命に耐え続ける展開が続く。

「はぁ、はぁ、はぁ……・・最後の……・・勝負ですっ!!!」

「ああぁぁ……ぐっ……・ああっ!? あああぁぁ〜〜〜〜っ!!!!」

月葉が更に仕掛けた。

卍固めからグランド卍固めに移行したのだ。

悠里の悲鳴が一層大きくなる。

「悠里さんっ!?」

「ノォ〜ッ!! あああぁぁ〜〜〜っ!!」

「もう……絶対に逃がしませんっ!!!」

「うあああっ!!! あっあっ……ああっ……ノ、ノォ……」

さらに決め方がきつくなり、悠里は悲鳴すら上げられなくなってしまう。

「はぁ……はぁ……はぁ……悠里さん?」

既に月葉も限界は超えている。

しかし、悠里との勝負だけは絶対に譲りたくはないのだ。

少しでも気を緩めれば意識を失いそうな中、月葉は懸命に締め上げる。

「うぅ……くっ……・ま……まだ……うっ……あっ……」

悠里もまた限界と闘っていた。

肉体的にはもう限界だ。

あとの支えは心の力だけ。

悠里は必死に空いている手を振って屈さないとアピールする。

しかし、月葉の必殺コンボの前に、陥落寸前だった。

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

「くっ……くぅ……くっ……あぁ……」

二人の息遣いだけが響く。

汗が滴り落ちるが、拭う事も出来ない。

汗の雫がリングにいくつも流れ落ちる。

しかし、動けない。

悠里も。月葉も。

既にギブアップを迫る言葉も拒絶する言葉も必要なかった。





静かな、しかし、命懸けの我慢比べ……。







「………………・・ギブ……アップ…………」







遂に悠里が口にした。

それは5分近く悠里は耐えた後だった。

心が折れた。

月葉に対し、負けを認めるしかないと、本心から降参した。

「YOU QUIT?」

「……I QUIT……」

月葉の言葉にもう一度負けを認める悠里。

月葉はやっと悠里を解放した。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

やっと決着した安堵からか、全身の力が抜けて立ち上がれない。

技を解かれた悠里も同じく、横倒しのまま動く事が出来ない。

10分近くが経ちようやく月葉が身体を起こすと、悠里の上に馬乗りになった。

「……なんだよう……」

仰向けで馬乗りをされている悠里は口を膨らます。

「私の勝ちですね……」

月葉は嬉しそうに笑っている。

「……普通のシングルだったらあたしの勝ちだったもん」

「ええ。でもこの勝負は私の勝ちですよね?」

二人で決めたルール。

反論の使用も無い。

拗ねた悠里をからかうように月葉は悠里の両手を押さえて抵抗出来ないようにする。

「DO YOU QUIT?」

「……あっかんべー」

「あ、そういう態度は感心しませんよ?」

「……あーもー、ホントは勝ってたのにーっ!!」

「言い訳はみっともないですよ?」

「あっかんべろべろべっかんべーっ!!」

悔しいながらも勝負には納得しているのだろうが、

もう一度月葉に負けを認めるのは、何となく癪だった。

しばらく口論していた二人だが、

やがて月葉も悠里もどちらからともなく笑い出した。

激闘を潜り抜けた二人にしか分からない確かな絆が、そこには存在した。





「……とまぁ、こんな感じですか……」

「ですかって……」

月葉の話に桃は唖然とするしかない。

そんな死闘を中学時代に経験しているとはまったく予想だにしていなかった。

「悠里さんは結構大きな試合を何度も経験しているらしいです。

 私も結構引っ張ってもらって試合をしたことが多かったです」

「……強いわけだ……」

桃はため息を付きながら空を仰いだ。

月葉は桃の横顔を横目で伺う。

「木下先輩……やっぱりまだ悠里さんと勝負するつもりですか?」

「……うん……負けっぱなしは性に合わないって言うかね……」

「…………なんでお相撲で勝負にしないんですか?

 先輩の土俵は相撲なのですし、悠里さんなら相撲勝負でも受けると思いますよ?」

「……それは承知の上なんだよね」

桃はゆっくりと腰を上げる。

「あたしはさ、あの子の上に立ちたかったんだと思う。

 自分の積み重ねたものが、あの子に負けている訳が無いってね。

 でも、今はちょっと違う」

桃は決意した表情で宣言した。





「あたしは、あたしの力士としての誇りを賭けて、

 あの子に勝つ!!」









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