相撲の力 6−1





悠里の情報を集めた結果は以下の通りだ。



デタラメ。

負けず嫌いの意地っ張り。

基本的に楽しく闘う事が好き。

関節技は掛けるのは得意だが受けるのは苦手。

H技に弱いらしい。





さて、この情報がどれだけ役に立ってくれるやら。

ともあれ悠里の印象がだいぶ分かってきたのはいいことだ。

悠里は脳みそまで筋肉で出来ている。

筋肉で出来ているから自分の破天荒な発想を、

身体がまったく逆らわず動かすことが可能。





闘う相手として、これ以上ないほど怖い。

しかし、だからこそ桃は立ち向かう気でいた。

悠里を倒したからといって、何を得るわけでもない。

けれど、彼女と闘うことは、桃にとって大きな意味があった。

桃は破れて以来何度かプレハブの中を覗いた事がある。

そこでは月葉を始めほのか、真央、鈴や男子部員と

”まったく互角に渡り合う”彼女の姿があった。

挙句には鈴にすら負けることがある。

それでも彼女を全員が慕っているのは、

悠里の潜在的な力をいやがおうにも感じてしまうからだ。

何より、悠里の本気はBSチャンネルやスポーツ新聞でうかがい知れる。

ついでにスポーツテストで打ち立てた数値のデタラメさ加減でも。

ともあれ、桃はそろそろ悠里を呼び出さなければいけないと思っていた。

ただし、今回は本当に決闘。

ケンカをするつもりなので、場所選びもかなり慎重だった。

リングの上や土俵の上では狭すぎる。

そう、本当にグランドや体育館レベルの広さが必要になる。

けれどもアスファルトの上や乾いた土の上では危険極まりない。

そんな訳で、桃は学校帰りに市営公園に悠里を呼び出すことにした。





市営公園には人がちらほらいる程度だ。

夕方を過ぎれば閉園になるので、人もいなくなる。

「で、桃ちゃん先輩、一体何の用なんですか?」

「何の用? 分かっているくせに、どの口がそんなことを言うの?」

桃は荷物を芝生に置くと、ブラウスの袖を捲り上げる。

それで意思表示には十分だ。

悠里は困ったように首を傾げる。

「じゃあ、言い方を変える……何でわざわざこんな場所に来たの?」

「あんたに怪我をさせないためよ」

もちろん、自分も怪我をしないためだが。

下が芝生の広場。

広さは軽いサッカーなら余裕で出来る。

柔らかい芝生の上ならいくら転がっても大怪我の可能性は少なくなる。

悠里は桃が本気で闘いを挑む事を察して、自分の袖も捲り上げる。

「二人して制服姿だし、おそらく管理人の巡回が来るまでが勝負ね」

「……ルールも無しですか?」

「ギブアンドテイク。あたしが要求した分は貴方も要求して良い。

 貴方が要求した分、あたしが要求しても良いってことでどう?」

「へぇ……」

悠里の顔がちょっと輝く。

ただケンカを吹っかけたくて呼び出したわけではないらしい。

「そうだな……まずは当然、目潰しと髪の毛を掴むのは無しでどう?」

「オーケーです。決着方法は?」

「そっちの要求でいいよ」

「……ん〜……じゃあ「I QIUT」マッチで」

「どっちかがギブアップするまで続けるってやつね?」

「あれ? 知ってたんですか?」

「色々ね。オーケー、それでやりましょう」

どちらからともなく身体をほぐし始める。

靴と靴下は既に脱いだ。

「もう一つ。明らかに相手を壊すような攻撃は禁止。オーケー?」

「う〜ん……膝もですか?」

「ウィザードね? それは別でいいよ。貴方の必殺技な訳だしね」

「了解です。

 ……じゃあ、要求じゃなくて質問ですけど、

 桃ちゃん先輩はなんであたしと闘いたいんですか?」

「分かりきった事を聞くんだね。

 あんたの泣きっ面を見たい。ただそれだけよ」

「ふ〜ん……」

悠里の目が疑わしそうに細くなる。

理由は単純で、初めて桃が悠里を挑発した時のような厭らしさが、

今の桃からは感じられないからだ。

「じゃあ、あたしも先輩をぶっ飛ばしちゃおうかな」

「ええ、お願いしようかな。

 こっちは見せていない本気までお願いしたいくらいなんだから」

「…………それは先輩次第です……」

桃の覚悟の言葉に、悠里の表情に緊張が走った。

今日の桃は違う。

必勝の策があるのかもしれないが、

それ以上に闘うものとしての肝の据わり方が今までとは桁違いだ。





二人は同時に構えた。





「あ〜、悠里さん大丈夫かな……」

「大丈夫よ。ルール無用の何でもありじゃないんだし、

 危なくなったときの保険として私達がいるんでしょ?」

「そうなんですけど……」

さて、桃と悠里から離れること20m。

瑠璃子と月葉は茂みの中に身を潜め、

蚊取り線香を焚きながら二人の様子を見守っていた。

ご丁寧に双眼鏡まで装備である。

心配していると言うより野次馬の域だ。

「瑠璃子先輩は心配じゃないんですか?」

「そうね……桃ちゃんが一方的な敵対心から挑んでいくって言うなら止めるんだけど、

 今回は純粋に悠里ちゃんに挑むって言う意識があるから。

 お互い敬意をもって闘えるなら心配する事は無いと思うのよね」

「はい……」

「どちらにしてもサイは振られているわ。出る目を待ちましょう」

「……そうですね……」

そう言って双眼鏡を構える女子高生二人。

どうみても出歯亀だった。









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