相撲の力 6−2



ガードを下げてフットワークを踏む悠里に対し、

桃は腰を大きく沈めた相撲の構えを取っていた。

悠里は攻め難さを感じ、なかなか自分から仕掛けられない。

桃が仕切りの態勢を取りなれている為か、隙を見つけることが出来なかった。

(やっぱり、今日の桃ちゃん先輩……何か作戦があるんだ……)

悠里はステップを踏みながらゆっくり円を描くように移動する。

桃もすり足でそれに対応する。

ここまで低い姿勢をとられては此方としてはローキックか膝蹴りかしか残されていない。

「やっ!!」

まずは悠里が仕掛けた。

探りを入れようとローキックを構えた、まさにその瞬間、

「はあっ!!」

ぶちかましと同時に悠里の顔面に張り手が見舞われる。

「うっ!? きゃうっ!!」

パァン!! という大きな音と共にもんどりうって倒れる悠里。

慌てて仰向けでガードポジションを取るが、

桃は安全距離の範囲の外で悠里の様子を見ている。

「くっ……」

左頬がジンジンする。

見事なツッパリ……いや、掌底だった。

咄嗟に顎を引いていなければ、一発で失神していたかもしれない。

ともかく立ち上がろうと、悠里が緊張しながら身体を起こし、

膝を伸ばそうとした瞬間だった。

「はっ!! っさぁっ!!」

「きゃっ!!」

再び桃の突進からの掌底。

分かってはいても、このタイミングでは防ぎようがなく、

悠里はガードごと倒れてしまう。

「くそっ……あれ?」

しかし、追撃が来ない。

また桃は悠里のグランドに引き込める間合いの外で様子を見ている。

とにかく立たなければ……。

「ふっ!」

悠里は思い切り間合いを取りつつ、立ち上がろうとする。

それでも尚、桃の出足が早い。

「はっ!! ふんっ!! はあっ!!」

「うっ……くっ!! うあぅっ!!」

今度は突進、掌底、掌底の波状攻撃。

再び顔面に喰らい、もんどりうって倒れる悠里。

既に3度目のダウンだ。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

「……」

早くも息が上がり始めた悠里。

その表情には珍しく動揺したような色が浮かんでいる。

対して桃は冷徹に悠里の動きを観察していた。

自分の土俵でしか闘わず、相手の土俵には乗らない。

このまま悠里に何もさせず、

悠里の意識を奪うほどのクリーンヒットが当たってからマウントを奪う。

ここまではうまく行っている。

「はぁ……はぁ……それならっ!」

悠里が動いた。今までより立ち上がりが早い。

だが、当然桃も悠里の行動は予測している。

悠里の態勢が整う前に接近、渾身の張り手を繰り出す。

「ふっ!! りゃああっ!!」

「ぐぅっ!! ……にゃああああっ!!」

「っ!?」

なんと、顔面に張り手を喰らった悠里が、想像以上に吹き飛んでしまった。

一瞬呆気に取られ動きを止めてしまう桃。

しかし、このタイミングを逃さず悠里は流れるような受け身で立ち上がってしまう。

自分から飛んで桃の間合いの外に出て態勢を立て直したのだ。

「させるかっ!!」

再び桃の突進。

「こっちのセリフッ!」

しかし悠里も同じ手を何度も喰いはしない。

素早く腰を落として突進。

桃のツッパリを掻い潜り、組み付きに行く。

「甘いっ!!」

しかしその程度は桃も想定の範囲内。

張り手をしていない側は常に脇を締めている。

組み負けることなく、しかも得意な左四つで組み合った。

互いに遠慮なくスカートと下着を掴む。

組み手を五分にされては悠里も動けない。

やむなく腰を落とすと、桃も同じように防御の姿勢をとった。

「はぁ……はぁ……」

「……はぁ……はぁ……」

こう着状態。互いに動けなくなる。

「はぁ……はぁ……ちょ、ちょっとやばかったですね……」

悠里が軽口を叩く。いや、誤魔化しているような言い方だ。

「はぁ……はぁ……さすがにこれ以上無策では挑まないよ」

「そりゃそうですね……はぁ……はぁ……」

動けない。

互いに受けるプレッシャー。

倒れては情勢が一気に変わってしまう。

桃が一方的に押していた流れから何とか挽回したい悠里、

悠里に反撃を許すわけには行かない桃、

二人の思惑が交錯する。





「左四つ……桃ちゃんの組み手ね……」

「悠里さん……かなり押されている……。

 こんな悠里さん、初めてかもです……」

野次馬二人は双眼鏡を食い入るように覗いている。

二人ともここまで一方的になるとは思っていなかったようだ。

それ程桃の闘い方は珍しいものだ。

突進から渾身の一撃、倒れた相手は追撃せず間合いを置き、

立ち上がろうとした相手に再び突進する。

徹底的な揺さぶりの戦法。

悠里が組み付いているのが不思議なくらいかもしれない。

「桃ちゃん……押し切れ……」

「悠里さん、頑張って……」

互いに応援する者の名を小さく呼び合い、

双眼鏡を握る手に力を込めた。





「はぁ……はぁ……むんっ!!」

「はぁ……はぁ……うあっ!? あうっ!!」

勝負は唐突に動いた。

桃の得意の左下手投げ。

豪快に投げ飛ばされた悠里は、芝生に叩きつけられてしまう。

桃はここで初めて悠里の上に馬乗りになった。

「やっ! やっ! はっ! はっ!」

「うぐっ……くっ……あっ……くぅっ……・」

マウントからの掌底連打。

悠里は必死になってガードを固める。

桃は悠里のスタミナを削るのが目的なのか、ほとんど力を込めず落とす。

ガードを固める悠里はこれならばと隙を伺うが、

リズム良く落とされる掌底はガードが崩れた瞬間を待ち望んでいるように悠里を弄っている。

このままではやられてしまう。

悠里はジリジリとした焦燥感を感じていた。

この隙を桃は逃がさない。

「……もらったっ!!」

「あっ!? ひぐっ!! ……くぁ……」

ガードに迷いを生じていた悠里の腕を押さえ、隙だらけになったテンプルに一撃。

クリーンヒットを許した悠里は、一瞬目を泳がせる。

この隙だけで充分だった。

「これで……決まりっ!!」

「あああぁぁぁ〜〜〜〜っ!!!」

悠里の右腕が奪われた。

完璧な腕ひしぎ逆十字固め。

悠里が悲鳴を上げるが、全く外れない。

「ギブッ!?」

「ああぁぁ〜〜〜っ!! ノォーッ!!」

千歳一隅の勝機。

桃は必死に悠里の腕を締め上げる。

相手を壊すような攻撃は禁止。

腕ひしぎ逆十字固めは、太ももでの固定をしっかりとしない限り腕が折れることはない。

ルール違反はしていない。

「ギブアップ!?」

「ノーッノーッ!!」

「……さすがに、この程度じゃ音を上げてくれないわね」

「くぅぅっ……」

悠里は必死に身体をくねらせるが逃げる事が出来ない。

しかしまだまだ耐え続けるつもりのようだ。

観客が居ないのだから、

このままずっといため続けていれば音を上げてくれるだろうか?

桃がそんなことを思い浮かべたときだった。

「うにゃあああっ!!」

「なっ!?」

悠里が寄生を上げながら足を振り上げた。

そちらに注意が言った瞬間、今度は上半身を跳ね上げ、自分の手をフック。

十字を防御する態勢を取った。

「くっ……まさか、こんな手があるなんて……」

「はぁ、はぁ、はぁ……・なんでお相撲する人が関節技の掛け方しっているんだよぅ……」

「こっちのも、色々ね……」

もう一度決めようとする桃だが、悠里がそれを許さない。

やはりグランドのテクニックでは悠里が上のようだ。

三角締めも狙えるが、このままでは何をされるか分かったものではない。

「せやっ!!」

「きゃっ!!」

桃はくっつこうとする悠里を蹴り飛ばし、強引に間合いを空けた。

直ぐに立ち上がる桃と悠里。

しかし、悠里はこの瞬間失念していた。

今日の桃の中心戦法は、ツッパリなのだ。

「ふっ!!」

「きゃうっ!! ……・あぁ……」

またしても悠里の顔面に桃のツッパリがクリーンヒット。

悠里の目が泳ぎ大の字に倒れてしまう。

「はぁ、はぁ……なるほど、これじゃ参りましたとは言わせられないな……」

桃は苦笑いしながら、半ば失神している悠里の足を取る。

この子の苦手なジャンルも、重々承知している。

「ほら、起・き・な・さ・いっ!!」

「うわああああっ!? ああぁぁぁ〜〜〜っ!!!」

突然両足に走った激痛。

悠里が悲鳴を上げて悶絶する。

「ギブアップは!?」

「あああぁぁぁ〜〜っ!! ノォ〜〜〜ッ!!」

悠里、悶絶。

起き上がり、倒れ、起き上がり、倒れ。

逃げようにも逃げられないようで、何度も苦しそうに身体を捩じらせている。

「事前情報の通りね。関節技から逃げるのは凄く苦手みたいね」

「ううぅぅ〜〜っ……そ、そんな情報どこから……っ」

なみだ目で苦しむ悠里に、月葉がしゃべった事を言おうかと思ったが、

二人の友情を壊すのも難だ。

「貴方の試合の画像なんてインターネットのどこにでもあるわよ

 それっ!!」

「あああぁぁ〜〜〜っ!!」

「はぁ……はぁ……はぁ……どう? 降参する?」

「ま、まだまだぁっ!! ああぁぁ〜〜〜っ!!」

「ふふ……右腕をとられて、両足をとられて、万全の動きが出来るの?」

「プ、プロレスラーを甘く見ないほうがいいですよ……・」

「そのプロレス技で負けそうなのは誰かな!?」

「あああぁぁ〜〜〜〜っ!!!」

攻める桃。耐える悠里。

完璧に絡まった足は全く動かない。

「はぁ、はぁ……それにしても、本当にタフね……

 ……結構、思い切り締めているんだけど……」

「つ、月葉ちゃんの膝十字はもっと痛いもん!」

「……なら、あたしも試してみようかな!?」

そう言って桃は足四の字を解き、膝十字に持ち込もうとする。

もう悠里は抵抗できないだろうと目算して。

しかし、桃は失念していた。

エリカのアドバイス。

必殺を耐え切られた後の悠里の反撃がきついという言葉を。

「はんげきぃっ!!」

「きゃっ!? あああぁぁぁ〜〜〜〜っ!!」

まさかの反撃だった。

膝十字に入ったはずだった。

ところが悠里は自分から回転して膝を決められるのを防ぐと、

桃の足をクロス、そのままサソリ固めで反撃をしてきたのだ。

「桃ちゃん先輩、ギブアップ!?」

「ノーッ!! こんなの効かない!!」

「やせ我慢がバレバレですっ!!」

「あああぁぁーっ!!」

「ギブアップ!?」

「くっ、くっ……」

今度は桃が苦しい。

悲鳴を上げているとタップをしそうで必死に歯を食いしばる。

桃のとったツッパリ戦法と同じだ。

意外性を目の当たりにすると、冷静な判断が狂い、動きが低下してしまう。

かつて静香や静音とプロレスごっこの練習をした時に体験したテクニックのはずなのに、

頭が混乱していて冷静に跳ね返すことが出来ないのだ。

「……よしっ……」

悠里がサソリを解いた。

激痛から開放された桃はうつ伏せで安堵してしまう。

「……!?」

直ぐに意識が戻った。

これはケンカ。

プロレスじゃない。

追撃をしないのはおかしいではないか。

慌てて身体を起こし悠里を探す。

「おそいっ!!」

「あうっ!!」

絶妙なタイミングのシャイニングウィザード。

顔面に悠里の膝を受けてしまい、卒倒してしまう桃。

「はぁ、はぁ……あちゃ……失神しちゃったか……」

「う……」

「桃ちゃん先輩、起きて下さい」

悠里は桃の上に馬乗りになると、そっと頬を叩く。

「うっ……うあ? ……あ、あたし?」

「はい、失神してました」

「…………」

「で、一応確認なんですけど、降参します?」

「……するわけないでしょ?」

「ですよねぇ〜」

いまだ光を失わない桃の瞳。

悠里はマウントから何も攻撃せずに立ち上がると、距離を開けた。

「もしダウンを取られる試合だったら、

 あたしはとっくに負けていましたよね?

 同じように桃ちゃん先輩も今負けました。

 でも勝負は「I QUIT」マッチ。

 降参しなきゃ終わりじゃありません」

桃がゆっくりと立ち上がる。

悠里は仕切りなおすように構えなおした。

「このまま意地の張り合いじゃ、決着が着きませんよね?

 なら、賭けをしませんか?」

「……賭け?」

「はい……あたしは桃ちゃん先輩の相撲スタイルを破る方法を見つけました。

 あたしが桃ちゃん先輩の相撲を破るか、

 桃ちゃん先輩があたしを押し切るか。

 一発勝負です」

「……ふーん……」

桃の目が細くなる。

相撲戦法が完全とは思わない。

確かに破られるかもしれない。

だが、そんな悠里を体験したい。

だから桃はこの決闘を挑んだのだ。

願ってもない、悠里の本気だ。

「いいよ……受けてあげる……」

再び桃の態勢が低くなり、仕切りの構えになる。

悠里も緊張した表情で構える。





一瞬の膠着。





「勝負っ!!」

桃の突進。

今までで一番速い。

完璧な形でのつっぱりが悠里を顔面を襲う。

「ふっ……」

悠里は軽く身体を仰向けに浮かせた。

ジャンプではなく、本当にその場に浮いたようだった。

「っ!?」

「やっ!」

「うあっ!?」

桃のツッパリは軌道を変更することが出来ず、悠里の鼻先を掠めただけ。

同時に悠里は低空ドロップキックの要領で桃の両足を蹴り飛ばした。

桃の身体が宙に……悠里の上に浮く。

「もらいっ!!」

「あぐっ!?」

空中で悠里はしたから桃の首と腕を捕らえる。

ツッパリで伸びきっていた右腕を巻き込む下からの肩固め。

次いで落下の衝撃。

「げふっ!! ……かはっ……」

「むんっ!!」

「あっ……くあっ……あっ……はっ……」

落下で更に喉に悠里の腕と自分の腕が食い込む。

さらに悠里は逃がさないように両足を器用に絡め、体重移動を封じた。

「ギブアップ!?」

「……ノォ……うっ……かっ……あっ……」

桃が苦しそうに呻く。

足をもがかせようと思っても既に絡め取られる。

左腕で態勢を変えようとするが、変えたところで今度は仰向けで締め上げられるだけだ。

このまま脱出しなければ……。

「くっ……くっ……」

「逃がさないもんね〜だっ!!」

「ぐあっ……あっ……ああっ……」

一体どこにこんな力があるのだろう。

逃げようとする力を根こそぎ奪うような肩固めに、

桃は動く事も出来ない。

勝てない……。

「…………ギブアップ……」

桃は左手で芝生を叩きながら、負けを認めた。

悠里はそれ以上締める事をせず桃を開放した。





「あ〜……負けちゃった……」

「まさかあんな返し方をするなんて……・悠里さん以外できませんよ……」

「相手が悪いとしか言いようが無いわね」

「そうですね……」

「……それでは、そろそろ……」

「……撤収ですね……」

デバがめ部隊、終了。





「ゲホッ……ゲホッ……」

仰向けに倒れ咳き込む桃。

落ちそうになる寸前で締め続けられた。

この後輩は一体どれ程の技をもっているというのだろうか?

悠里は倒れている桃の上に馬乗りになる。

「桃ちゃん先輩、ゆーくいっと?」

「……オーケー、オーケー、あいくいっと!」

惜しい箇所があったにせよ、結果が全てだ。

負けを認めるしかない。

「悔しいけど、負けを認めるわ。作戦も破られちゃったしね」

「でもびっくりしましたよ。

 起き上がりのはめ技としては最上級ですね」

「ありがと。破ってくれた相手に言われても皮肉にしか聞こえない」

「そんなことないです。総合だったら出だしで桃ちゃん先輩のTKO勝ちです」

「そうかな?」

「そうです」

桃は軽く息をつく。

「……どうして貴方はそうやって負けを認められるの?

 本気を出せば誰にだって勝てるのに」

悠里は当然と胸をはる。

「相手の技を受けないレスラーはヘタレです!!」

「相手の技をよければ楽勝でも?」

「相手の技を受けたほうがカッコいいじゃないですか!!」

桃は当然とばかりに胸を張る悠里の言い分に「プッ」と吹き出してしまった。

この子は、隠相撲の観念を地で邁進してしまっているのだ。

「でも、あたしは負けっぱなしは嫌いなの。

 悠里ちゃん、あたしの土俵の上で闘ってくれる?」

「桃ちゃん先輩の土俵ですか? いいですよ」

「そう言ってくれると思った」

闘う相手に甘い顔は見せられない。

けれど、桃は内心楽しそうに笑った。















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