相撲の力 7−3
土俵に上がった瑠璃子と月葉は互いに塵を切り、四股を踏む。
塩を巻いてから、仕切り線を挟み向かい合った。
まずはゆっくりと互いに構え、拳をつける。
にらみ合ったまま、瑠璃子が切り出した。
「……一本勝負よ」
「はい……」
「勝っても負けても、恨み言無し」
「……私は負けませんから……」
先に月葉が拳を離し構えを解いた。
瑠璃子の提案を受け入れたらしい。
もう二人の集中力は極限まで高まっている。
既に周囲など全く目に入らない。
在るのは土俵と相手だけ。
もう一度塩を巻き、力水をつける。
これ以上、小細工も何もいらない。
二人は仕切り線を挟んで蹲踞して向かい合う。
「……手を下ろして……まったなし……」
隆美の行司に合わせて、ゆっくりと構えていく。
先に拳を下ろしたのは月葉、やや遅れて瑠璃子。
お互い全く視線を外さない。
「……はっけよいっ!!」
隆美の声と同時に二人の拳が仕切り線を叩く。
素早く確かな踏み込みと同時にバシンッ!という思い衝撃。
一発で右四つに組み合った。
「いやあああっ!!」
瑠璃子の組み手だが先に仕掛けたのは月葉。
前回のリベンジに燃えているのか、いきなり真っ向からの寄りだ。
「むっ!! くっ!!」
思慮深い月葉がいきなり仕掛けてくるとは思っていなかったのか、
瑠璃子は徐々に後退させられてしまう。
「ノコーッタノコッタノコッタ!! ノコーッタノコッタノコッタ!!」
「ふんっ!! くぅっ!! やああああっ!!」
「うくっ……くあっ!! ああっ!!」
月葉の攻勢が続く。
休む事なく連続のねじり上げるような崩しと寄り。
瑠璃子は懸命に腰を落とし、足を運んで土俵際を背負わないように動く。
「ノコーッタノコッタノコッタ!! ノコーッタノコッタノコッタ!!」
「やっ!! せいっ!!」
「うくっ……あっ……させないっ!!」
「うあうっ!!」
更に攻勢に出ようとする月葉。
しかし瑠璃子の強烈なけたぐりが月葉の足を払いその出足を止める。
このチャンスを逃がさず、瑠璃子は五分の吊り寄りの態勢をとる。
「ふんっ!! んっ……くっ……」
「くあっ……くっくっ……」
「ノコーッタノコッタノコッタ!! ノコーッタノコッタノコッタ!!」
土俵上東寄り、けたぐりで月葉が態勢を崩した為、
二人の側面に土俵際がある状態。
「ノコーッタノコッタノコッタ!! ノコーッタノコッタノコッタ!!」
「うくっ……ぐっ……くっ……」
「あっ……くぅっ……んっ……」
互いに引かず、びくともしない。
吊り上げるマワシが激しく股間とお尻に食い込んでいる。
「ノコーッタノコッタノコッタ!! ノコーッタノコッタノコッタ!!」
「くぅぅっ……」
「んんぅぅっ……」
互いに全ての力を振り絞るようにして動かない。
隠相撲においてすら滅多に見られないほどの激しい吊り合いだ。
お互い真正面から組みあい、足は揃って背伸びの状態。
ほんの僅かな均衡が全てを決める。
長い長い互角の吊り合いが続く。
「くうっ!! ……はぁ、はぁ、はぁ……」
「うぐっ!! ……ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」
激しい攻め合いは、互いに腰を同時に引きようやく間を得た。
未だにがっちりと組み合ったままだが、
二人とも完全に息が上がってしまっている。
「……はっけよーい……」
「はぁ、はぁ、はぁ……くっ……」
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……うっ……」
隆美に囃され何とか前に出ようとする瑠璃子だが、
月葉も完全に腰を落としているため安易に前に出れない。
再びこう着状態に陥る。
「……はっけよーい……」
「はぁ……はぁ……さすがね……」
「……はぁ……はぁ……瑠璃子先輩こそ……」
力は抜かない、緊張も解けない。
しかし二人には少しだけ余裕があった。
こうなってしまえばやることは一つしかない。
手が合う相手同士だからこそ、何となく通じ合う。
「はぁ……はぁ……やっぱりこうなったら……」
瑠璃子がジリジリと足を忍ばせる。
「……はぁ……はぁ……打ち合いがいいですよね……」
月葉は瑠璃子の動きにあわせながら腰を落とす。
吊り合いでは互角。
決着は難しい。
ならば、この状態から打てる、自分の一番の得意技をぶつけ合うだけ。
互いに桃や悠里と相撲をしていれば、また選択は違うだろう。
だが、必殺の一刀を打ち合う相手というのは、また別。
「……はっけよーい……」
隆美の囃しが朗々と響く。
「はぁ……はぁ……」
「はぁ……はぁ……」
互いに万全。
勝負は一瞬。
瑠璃子と月葉は同時にマワシをとる両手に最後の力を込めた。
「いやあああああっ!!」
「たああああああっ!!」
瑠璃子の右の下手投げ!
対して月葉の左の上手投げ。
互いに足は掛けず腕力だけの勝負。
「せやあっ!!」
「ぐっ!!」
月葉の腰が重い。
僅かに瑠璃子の態勢が揺らぐ。
「ふんっ!!」
「うぐっ!!」
瑠璃子が強引の腰を落とす。
攻め切れなかった月葉の態勢が僅かに崩れる。
「せいっ!!」
「あっくっ!!」
瑠璃子が引きつけ、月葉の腰を浮かせる。
ほんの僅かな隙。
これだけで充分だった。
「月葉ちゃん!! 腰を落として!!」
「っ!!」
悠里のたった一言。
月葉は反応して再び重い腰で瑠璃子の技を封じる。
「ぐっ……」
攻めきれないと瑠璃子が力を抜こうとした、その瞬間、
「瑠璃!! 迷っちゃだめっ!!」
桃の、親友でライバルの声が瑠璃子の迷う背中を押す。
「うわあああああああっ!!!」
引き付けた状態。
ほんの数センチの間合いの違い。
しかし、この僅かな違いが技に必殺の力を与える。
「うああっ!?」
月葉の身体が完全に宙に浮いた。
「あうっ!!!」
「勝負あった!!」
瑠璃子必殺の右下手の掛け投げ。
その進化版。
右下手からのやぐら投げ。
極限状態にあって、瑠璃子が新しい必殺技を手にした瞬間だった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……月葉ちゃん……」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…………どうも……」
倒れている月葉に瑠璃子は手を差し出した。
月葉は笑顔でその手を握る。
ゆっくり起き上がると、東西に分かれた。
「勝者、瑠璃子!」
軍配は文句なしで瑠璃子に差される。
瑠璃子と月葉は互いに闘った者同士にしか分からない充実感を胸に、
しっかりと頭を下げ、土俵を降りた。
「大金星……だね?」
「新必殺技開眼ってとこ?」
「今度はアタシもふんどし締めなおさなきゃいけないナ!」
土俵を降りた瑠璃子に静香と静音、エリカが、
すこし乱暴に頭を叩いたりお尻を叩いたりして祝福する。
「あはは、ありがとうございます!」
瑠璃子はしばらく祝福に身を任せたが、
やがて集中するように土俵を睨んでいた桃の前に膝を付く。
「……私は、勝ったよ……」
すっと手を差し出す。
「……あたしも……勝つ!!」
桃は瑠璃子の手をパーンと叩き、勢い良く立ち上がった。
「すいません、負けちゃいました」
土俵下で胡坐をかいて勝負を見守っていた悠里に、
月葉はペコリと頭を下げた。
「……ちっとも悔しそうじゃないくせに、よく言うよ」
悠里はわざと皮肉を言うが、月葉は更に満足そうな笑顔を見せる。
「あんな気持ちのいい勝負で決着にこだわるほど、
私、人間小さくありませんから」
「そりゃそうだ〜ね」
悠里も笑顔を浮かべると、ゆっくりと立ち上がった。
あんな勝負が出来るなら、この土俵に上がる意味は大幅に上がる。
「さぁ、桃ちゃん先輩は何をしてくれるのかな?」
不敵。
そうとしか見えない不遜な笑顔で、悠里は土俵に向かった。
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