相撲の力 7−5







(……やっぱり、桃ちゃんにはまだ早い世界だったかな……)



行司として一番間近で見ている隆美はそう感じた。



資質が無い子ではないので、この調子で精進していけばかなり良い位置までいけるだろう。



しかし、悠里は相手が強ければ強いほどその域へ足を踏み込む。



この四つ身の膠着の攻めを教えたのも当然隆美だ。



というより、盗まれたといったほうが的確か。



自分や静香、そして静音が使うような集中の世界ではない、



言ってみれば守りの膠着のような半端な形だが、



その効果は絶大。



このままでは、桃に勝ち目はない。











「はっけよーい……」



「はぁ、はぁ、はぁ……」



「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」



何度目の囃しだろうか。



桃は、もう限界だった。



これまで悠里のプレッシャーに耐えてきたが、



足はガクガクしているし手の感覚も消えている。



組み付いているのがやっとだ。



息もただ組み合っていただけなのに異常なほど上がってしまっている。



「やああああっ!!」



「くぅぅぅっ……」



遂に悠里が動いた。



桃のほうが悠里であるはずの左四つで、真っ向からの吊り合い。



しかし、既に限界間近の桃では対抗できず、



あっと言う間に後ろに下げられてしまう。



背伸びで食い止めようにも、悠里は直ぐにガブリ寄りに切り替え、



完全に力負けした形で後退してしまう。



「ノコッタノコッタノコッタ!! ノコッタノコッタノコッタ!!」



「んぐぐぐっ……」



「くっくっ……」



桃が完全に追い込まれた。



土俵際、何とか背伸びで耐え続けているものの、もう逃げる力も残されていない。



対して悠里も背伸びの状態になり最後の力を振り絞っての吊り合いが展開される。



「ノコッタノコッタノコッタ!! ノコッタノコッタノコッタ!!」



「くっくっ……」



「ん〜……ん〜……」



脅威の粘り腰で悠里の攻めに耐え続ける桃。



「も、桃ちゃん先輩、ね、粘りすぎっ……」



「そう……簡単にっ……勝たせないわよっ……」



互いに顔を真っ赤にしての吊り合い。



悠里にせよ、力を振り絞っての攻めなのだから、



ここで決着をつけないわけにはいかないのだ。



しかし、ここで桃は一気に逆転を狙う。



一瞬だけ身体を浮かせ、間合いを開けると、



肩から顎を浮かせ、胸を重ねあう。



「ひうっ……」



「んっ……」



互いに僅かに声を漏らす。



すっかり興奮して硬くなっていた乳首同士が擦れあうのだから、



感じるなと言うほうが無理がある。



「はぁ、はぁ、さぁ、まだまだよ……」



「はぁ、はぁ、こ、こういうのはずるいんだぞぅ……」



桃は更に額を合わせてる状態に持っていった。



お互いの視線がぶつかると、また違う感覚になるから不思議だ。



「……こうしうたほうが、ちょっと面白いでしょ?」



「む〜……」



わざと挑発するような言い方をして悠里の逃げ道をなくす。



完全に劣勢になっている桃から挑まれれば、優勢の悠里が受けて立たないわけが無い。



「さあ、いくわよっ……」



「受けて……たつもんっ……」



俵に掛かった足が最後の砦の桃。



最後の攻防とばかりに身体を僅かに揺する。



どちらかというと悠里のほうが後手になり始めた。



攻めるというより甘受しているような状態だ。



「はぁ、はぁ、あっ、あんっ……」



「ああっ、はぁ、あっ、んっ……」



甘い吐息を漏らしながら最後の攻防に突入した。



桃が揺すり、悠里が食い止める。



土俵際で負ける寸前での、桃の猛反撃だ。



やはり桃より感じやすいのか、悠里の頬はあっと言う間に朱に染まり、



すっかり感じ始めているらしい。



その姿を見ると、桃でもライバルを倒したい衝動より、いじめたくなる衝動に駆られる。



「ほらほら、どうしたの? んっ……そんなものなの?」



「あっあっ……も、桃ちゃん先輩だって……感じてるくせに……」



「はぁ、はぁ……ひ、否定……しないっ……」



そう言いながら桃は口元を緩めた。



これ以上不純な闘争心も無いものだが、



桃は悠里が気に入ってしまったのだ。



それなら、これくらいはいいかもしれない。



桃は額をつけたまま感じている悠里に、もっと顔を近づける。



「……気持ちいいわ……相手が悠里だから余計にね……」



そのまま悠里の唇を自分の唇で塞ぐ。



「んぅ……んんっ……んっ……」



四つの吊り合いで更にキス。



隠相撲の完全決着態勢の一つ。



この状態でどちらかがイクまで組み続ける。



激しくマワシを擦るのではなく、



自然に身体が絶頂に上り詰めるまで続けるという、



過酷な攻防だ。







ところが、







「んぅ……ふふ、ご馳走様……」



「……ふにゃああぁぁぁ〜〜〜……」



「えっ!?」



桃が一度唇を放すと、悠里の力が抜けてしまったのだ。



「キスだけは卑怯にゃあ〜……」



「も、もしかして……弱点だった?」



悠里の体質。



あまりにも明確な弱点過ぎて、いじめたがる人間の間では常識だったりする。



キスをされると、身体の力が抜けてしまうのだ。



これは千歳一隅のリベンジのチャンス。



「もらいっ!!」



「やっあっ……あっあんっ!!」



桃はここぞとばかりに立ち位置を入れ替えると、



胸を重ねたまま更に吊りで悠里を絶頂へと追い込む。



「ノコッタノコッタノコッタ!! ノコッタノコッタノコッタ!!」



「ああああっ……だめっ……やめっ……てぇっ……」



「そうは……んっ……いかないなぁ……せっかく弱点見つけたんだしっ……」



「ひっうっ……んっんっ……あっあっ……」



「あはは、隆美さんとエリカさんがいじめたくなるっていうのが分かるわ」



負けそうな寸前でも諦めまいとする悠里の姿は、確かにいじらしくて可愛い。



もっといじめたくなる。



土俵際で桃はさらに縦四つに持ち込み、更に悠里を弄る。



「ノコッタノコッタノコッタ!! ノコッタノコッタノコッタ!!」



「ほらほら、危ないよ? はやく何とかしないと寄り切られちゃうよ?」



「あっあっ……ダメッ……やっあっ……」



「降参?」



「やだっ……」



「な〜に? なんていったの?」



「はあっ……あっ……こ、降参なんてしない!」



「生意気な……これでも!?」



「ああああああっ……ダメ……ダメッ……やめてっ……」



「ギブ?」



「……しなひっ……」



「な〜にぃ〜?」



「あああああっ!! やめてやめてっ!! も、もう……」



「もうな〜に?」



「た、耐え切れない……い、いっちゃう……」



「じゃあ降参かなぁ?」



「やっ……やだぁ……」



「それじゃ……こうだっ!!!」



「はああああああっ!!!!」



悠里の絶叫が響いた。



縦四つの攻防に慣れていなかったのもあるのだろうが、



ほとんど対処できずイってしまった。



「はぁ、はぁ、はぁ……」



「さ〜て、どうしようかな〜?」



こうなれば一方的。



桃は組み手を元に戻し、土俵際の悠里のマワシを吊り上げる。



「うぅぅっ……」



マワシが食い込み苦しそうな声を漏らす悠里。



それでも桃は土俵を割らせることが出来ない。



いや、しなかった。



再び吊りの膠着。



「ノコッタノコッタノコッタ!! ノコッタノコッタノコッタ!!」



「……どうする? くっ……降参する?」



「ぜ、ぜったいに……しない……」



「そう? ……こ、この状態で……まだ負けを認めない?」



「み、認めない……」



「……意地っ張り」



「あっかんべーだ……」



小さな声のやり取り。



再び互いの肩に顎を乗せ、壮絶な吊り合いに突入している。



二人の相撲はなかなか決着がつかなかった。







「……なるほど、強敵ね……」



「呆れたもんだロ? ああなっても全然諦めやしないんだからナ」



ずっと取組を注視している静香とエリカが、



静かに呟いた。



傍目から見れば、桃が悠里を残してあげているような状態だろう。



しかし、それは違う。



絶頂に達し、力が入らない状態で尚、悠里の身体はその強さを失っていない。



桃が油断して腰を上げた瞬間、捨て身のうっちゃりを放とうとしている。



基礎的な鍛錬の他に生まれ持った才能が無ければ、彼女のような状態を生み出せないだろう。



「桃ちゃんも強くなったね……」



今度は静音が呟いた。



今までの桃であれば、相手を追い詰めた事で勝ちを焦ってしまう傾向があった。



だから引き技には異様に弱い一面を持っていた。



だが、今はどうだろう。



悠里の腰の位置をしっかりと引き上げ、油断無く腰を落としながら悠里に圧力を掛けている。



無理に動けば芯の残っている悠里は直ぐに逆転を狙う。



全てを予期して万全の態勢のまま攻め続けている桃を見ていると、



明確な強さを身体の底に備えたことを感じる。



「このひと騒動で二人とも成長したみたいね」



静香は頼もしくも、自らも身を引き締める思いを抱いた。



それはエリカも、静音も、そして隆美も同じだろう。







「ノコッタノコッタノコッタ!! ノコッタノコッタノコッタ!!」



「うっ……くっくっ……むっ……」



「んくくっ……くっあっ……くぅぅっ……」



桃の万全の態勢。



悠里の足はほんの少しずつ、俵の上にせりあがっていく。



お互いに楽しんでいる余裕などどこにもない。



けれど、何故か桃の気持ちは高揚してくる。



このまま取組を続けているだけで、新しい何かが見つけられそうな、



そんな気がしてくる。



「ノコッタノコッタノコッタ!! ノコッタノコッタノコッタ!!」



「くっくっ……うぐぐっ……」



「あうっ……んぐぅ〜〜〜っ……」



長丁場の四つ相撲、がっぷり四つでの膠着、更に絶頂。



これだけ消耗させられも、悠里の闘争心はなくならない。



これほどの相手に、後輩というだけで敬意を払えなかった自分が情けなく思う。



今まで隠相撲だけに必死で、他の事など考えなかった。



外の世界に触れないまま、自分が負けるわけが無いとタカを括っていた。



その慢心を、虚栄心を、悠里は容赦なく打ち砕いてくれた。



そのおかげで、強さとは何なのかと考えるチャンスが出来た。



ここで悠里を倒す事は、その言葉に出来ない感謝の印になる。



「ノコッタノコッタノコッタ!! ノコッタノコッタノコッタ!!」



「くっ……うっうっ……」



「うあっ……あっ……」



桃の圧力に耐えかねて、悠里の顎が上がる。



決着の時だ。



「ふんっ!!」



桃が一気に体を浴びせる。



悠里の身体が後方に傾く。



「うわあああああああっ!!!」



強靭な足腰、常識外れの集中力。



この僅かな体重移動を利用して、悠里は桃の身体を吊り上げた。



桃の体重を全身の筋力で受け止めてしまったのだ。



悠里は最後の勝負と、懸命に身体を右に捻る。



だが、桃の集中力も途切れる事は無かった。



「せいっ!!」



「うあっ!?」



バランスを取っていた悠里の右足を、桃の左足が刈った。



吊り上げられた状態からの内掛け。



全ての要である下半身を浮かされては、さしもの悠里も身動きが取れない。



「ぐっ!!」



「きゃうっ!!」



悠里は背中から土俵下に叩き付けられた。







桃の完全勝利だった。







「勝負あった!!」



行司の隆美が桃に軍配を上げる。



「はぁ、はぁ、はぁ……」



「はぁ、はぁ、はぁ……」



しかし、死闘を終えた二人には立ち上がる力は残されておらず、



大の字になって荒い呼吸を繰り返すだけだった。







やがて二人はフラフラしながら立ち上がると、



しっかりと一礼してから土俵を降りた。



結果として、桃、瑠璃子の先輩コンビが、



悠里、月葉の後輩コンビに雪辱を果たした、といったところか。



「やったわね! 桃ちゃん!」



「は、はひ……」



「良い相撲だったナ! あんだけ戦えりゃ立派な力士ダ!」



「あ、ありがとうございます……」



疲労困憊になりながら仲間にもみくちゃにされる桃。



嬉しそうにはにかむが、ここまで協力してもらった後だと少し気恥ずかしい。



桃がボロボロになっていたのを見ていた仲間だからこそ、



桃のリベンジはこの上なく嬉しかった。



「負けちゃいましたね」



「うん、負けちゃった」



「負けてニコニコしている人はどうなんですっけ?」



「記憶にないもん」



「都合がいいんですね」



「べーだ」



負けた悠里も清清しい表情をしていた。



うっちゃりを内掛けで防ぐなど、よほど集中をしていなければ出来るはずが無い。



桃に完敗した悔しさよりも、これほどの密度の濃い相撲を出来た事が嬉しい。



「始めから、これくらいしてくれればいいのに」



「それはムチャですよ」



二人は完敗しても尚、満足そうだった。



そんな二人に隆美は気配を殺して近づく。



「こらっ! 負けた人がニコニコしないっ!」



「わにゃっ!?」



「きゃっ!?」



隆美は突然二人を自分の胸に抱き寄せた。



完全にアウェーの状態で尚しっかりと自分たちの闘いを見せた二人へ、



労いの一言も無いのは、隠相撲の精神に反する。



「悠里ちゃん、月葉ちゃん、凄く良い相撲だったわ」



「へへ〜」



「ありがとうございます」



隆美の単純だが惜しみない賞賛に二人の表情が緩む。



「また遊びにいらっしゃいな。



 二人の相撲を見て刺激を受ける子達、結構いると思うから」



「うん!」



「はい、是非!」



悠里と月葉は笑顔でまた再戦に訪れる事を誓った。







その後、桃と悠里はしっかりと握手を交わし、



お互い切磋琢磨していこうと誓った。



その後ろでは、瑠璃子と月葉が目線を交わし、決着が着いたことを笑いあった。



学校では目を合わせるたびに険悪になるというより、



二人揃って何かしら勝負しようとするのが決まりになり、



瑠璃子と月葉の静止も聞かず、



腕相撲から始まり、指相撲、にらめっこ、牛乳一気飲み対決など、



二人の対戦遊びは青山高校での名物に消化され始めた。



悠里と月葉は同好会、プロレスラーとしての活動以外に、



少しでも先輩二人の稽古の足しになればと、相撲部への出稽古も継続している。



桃と瑠璃子は「今度は自分が相手の土俵に上がらなければ」と、



相撲の稽古に加え、プロレスの練習も始めた。







桃と瑠璃子が高校を卒業するまで、



騒ぎは収まりそうにない























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